瀧口修造 / Takiguchi Shuzo
開館50周年記念「モダンアートの街・新宿」展にて紹介される瀧口修造の作品「デカルコマニー」は、日本の前衛芸術において重要な意味を持つ一点です。1961年から1962年頃に制作されたこの作品は、インクと紙を素材とし、東京オペラシティアートギャラリーに所蔵されています。
瀧口修造は、詩人、美術評論家、そして造形作家として、戦前から戦後にかけて日本のシュルレアリスム運動の理論的・精神的支柱であり続けました。彼は慶應義塾大学在学中にアンドレ・ブルトンの『超現実主義と絵画』を全訳し、ヨーロッパのシュルレアリストたちと直接交流しながら、日本におけるシュルレアリスムの紹介と普及に尽力しました。
「デカルコマニー」という技法は、1935年頃にシュルレアリストのオスカー・ドミンゲスによって考案され、マックス・エルンストをはじめとする多くのシュルレアリストたちに採用されました。瀧口自身も戦前の1936年から1937年頃には、すでにこの技法で小規模な作品を制作していました。
しかし、今回展示されるような大規模なデカルコマニーの制作に瀧口が没頭したのは、1962年頃からでした。これは、1958年のヨーロッパ旅行を契機に、ジャーナリスティックな評論執筆に困難を感じ始め、「線描を走らせる」という新たな表現へと向かう中で、「書くことと描くことの境」への自問が生じた時期と重なります。彼は、デカルコマニーを「久しく忘れていた」技法として再発見し、偶然性を通じて無意識のイメージを表出させるシュルレアリスム的な「造形的実験」を再開しました。その意図は、意識的なコントロールが及ばない、偶発的な形態の中に、精神の深層や無意識の創造性を探求することにありました。
「デカルコマニー」(décalcomanie)は、フランス語で「転写法」「転写方式」「転写画」を意味する言葉です。この技法は、ガラスや表面が滑らかな紙などの上に絵具(本作品の場合はインク)を塗り、それが乾かないうちに別の紙や素材を重ねて押し付け、その後剥がすことで偶発的な模様を得るものです。
瀧口の「デカルコマニー」は、「インク・紙」を素材としています。彼は、墨を用いて制作することもあり、またブルトンが提唱した「白の上に黒」という原則をあえて逆転させ、「黒い紙の上に白い絵具」で制作するなど、既存のデカルコマニーの概念に独自の解釈を加えていました。この技法は、制作者の意図を完全に排除し、絵具という「物質の権能」に委ねることで、「偶然性による影像の瞬間的定着」を可能にするものです。
瀧口修造の「デカルコマニー」は、シュルレアリスムの重要な概念である「オートマティスム(自動記述)」の一つの手法として位置づけられます。絵具の転写によって生まれる偶然の形態は、フロイトの精神分析学の影響下にあったシュルレアリスムが追求した、人々の無意識の創造性を表層化させるものと解釈されます。
作品に現れる不定形のパターンは、見る者の無意識にも作用し、ロールシャッハテストのように個々の心理状態や精神の流れを映し出す鏡のような役割を果たすとされています。瀧口にとって、デカルコマニーの制作は、かつて彼が行っていた、隔たった言葉同士の衝突からイメージの火花を生じさせる「詩的実験」と深く通底していました。長い詩作からの断絶を経てデカルコマニーに没頭したことは、彼の創造活動における「言葉が絵に置き換わった」瞬間としても捉えられています。
瀧口修造の「デカルコマニー」は、彼の代表作の一つとして高く評価されています。この作品群は、詩人・美術評論家としてだけでなく、芸術家としての瀧口修造を改めて提示するものとなりました。
彼のデカルコマニー作品は、ハンス・ベルメールなどの色彩豊かなデカルコマニーと比較して、より「静謐で、長い時間をかけた水の流れのような、また土の重なりのようなイメージを湛えたもの」と評されています。瀧口は、自身の「デカルコマニー」の制作を通じて、日本の前衛芸術界に無意識と偶然性への新たな視点をもたらしました。近年においても、彼のデカルコマニーや水彩作品は再評価の対象となっており、様々な展覧会でその多岐にわたる活動が紹介されています。