阿部展也(芳文) / Abe Nobuya (Yoshibumi), 瀧口修造 / Takiguchi Shuzo
「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展に出品された、阿部展也(あべ のぶや)と瀧口修造(たきぐち しゅうぞう)による作品「睡魔」についてご紹介します。
この作品は、画家である阿部展也と美術評論家・詩人である瀧口修造という、日本の前衛芸術において重要な役割を果たした二人のアーティストによる協働の一環として位置づけられます。阿部展也は、1932年に画家としてキャリアをスタートさせ、早くも1933年にはシュルレアリスムを標榜する「一九四〇年協会」を結成するなど、早くから前衛的な活動を展開していました。彼が20代前半の頃、瀧口修造はその才能をいち早く見出し、阿部の名前を広める役割を果たしています。
二人の芸術的な交流は深く、1937年には瀧口修造が詩を、阿部展也が絵を手がけた詩画集『妖精の距離』を発表しました。この詩画集は、当時の美術界における先端的なムーヴメントであったシュルレアリスムに則した傑作として知られ、音楽家の武満徹や彫刻家の宮脇愛子らにも影響を与えました。また、瀧口の勧めにより、阿部は前衛的な写真作品も制作するようになります。
1938年、瀧口修造を中心として「前衛写真協会」が発足し、阿部展也もその設立に深く関わりました。瀧口は、写真におけるシュルレアリスムとは「日常現実の深い襞(ひだ)のかげに潜んでいる美を見出すこと」であると語り、技巧に走りがちであった当時の傾向に対し、写真の本質である記録性を重視するよう提唱しました。阿部は、この瀧口の思想に強く共鳴し、街の風景にカメラを向け、「街や野に役に立たぬものとして見捨てられた風景」の中に「新しく素直な調和」を見出す写真表現へと変化を遂げていきました。
作品「睡魔」が具体的にどのような技法や素材を用いて制作されたか、またその制作背景における具体的なエピソードや、作品が持つ固有の意味、および発表後の評価や影響について、今回の情報からは詳細を特定することができませんでした。しかし、この作品は、瀧口修造と阿部展也が共有した、日常の中に潜むシュルレアリスム的な美を発見しようとする「前衛」写真の精神を体現するものであったと考えられます。彼らの活動は、戦後、大辻清司や牛腸茂雄といった後進の写真家たちにも多大な影響を与え、日本の写真史において特異な系譜を形成しました。