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反應 / Response

阿部展也(芳文) / Abe Nobuya (Yoshibumi), 瀧口修造 / Takiguchi Shuzo

阿部展也と瀧口修造による作品「反応」:モダニズムの潮流に呼応する前衛的精神

現在開催中の「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展にて紹介される、アーティスト阿部展也(芳文)と詩人・美術評論家である瀧口修造による作品「反応」は、日本のモダニズム美術史において重要な位置を占める両者の、時代への鋭敏な感受性と前衛的な精神を体現するものです。この作品は、具体的な制作背景や技法、そしてその後の評価と影響において、両者が追求した芸術の可能性を深く考察する機会を提供します。

制作の背景・経緯・意図

作品「反応」の具体的な制作年や形態に関する詳細は限られていますが、阿部展也と瀧口修造の共同制作の軌跡、特に1930年代後半における彼らの活動からその意図を読み解くことができます。両者は1938年に「前衛写真協会」を立ち上げ、日本の写真表現にシュルレアリスムの精神を導入しました。瀧口は、写真の本質を「日常現実の深い襞のかげに秘んでいる美を見出すこと」と定義し、技巧に偏重しがちだった当時の前衛写真に警鐘を鳴らしました。これに呼応するように、阿部はオブジェや風景を通してシュルレアリスム的なイメージを追求し、日常の中に非日常を見出す「前衛写真」を実践しました。作品「反応」は、この時代の思想的・実践的交流の中で、外界の刺激や既存の芸術概念に対する彼らなりの応答、すなわち「反応」として生み出されたものと考えられます。

彼らの代表的な共同制作としては、1937年に刊行された詩画集『妖精の距離』が挙げられます。これは阿部の鉛筆デッサンに瀧口が詩を寄せる形で制作され、若き阿部が一躍注目されるきっかけとなりました。 この詩画集に見られる詩とイメージの有機的な結合は、「反応」という作品が、単なる視覚芸術に留まらず、詩的な感受性や思想的な奥行きを伴っていた可能性を示唆しています。

技法や素材

阿部展也は、画家としてキュビスムやシュルレアリスムの影響を受けた絵画を手がける一方で、1936年頃から写真を撮り始めました。 瀧口修造は自身が写真を撮影する作家ではありませんでしたが、評論活動を通じて日本の写真表現に重要な役割を果たしました。 このため、「反応」が写真作品である場合、阿部が撮影を手がけ、瀧口がそのコンセプトや理論的側面を深く関与した可能性が高いです。

当時の前衛写真においては、現実のオブジェを撮影することで、その中に潜むシュルレアリスム的な意味や、見る者の意識に「反応」するイメージを捉える試みが多く見られました。 例えば、阿部が撮影した土屋幸雄制作の《夜間作業─オブジェ》(1938年)のような作品は、彼らの前衛写真におけるアプローチの一端を示しています。 これらの作品では、精緻なモノクロームプリントが多用され、光と影のコントラストや構図によって、日常的な対象物が異質な存在感を放つよう演出されました。

意味合い

作品「反応」は、当時の時代状況、特に近代化が進む都市・新宿という環境の中で、芸術家たちが世界や社会、そして自身の内面に対してどのように向き合い、表現したかという問いに対する一つの回答として解釈できます。瀧口が提唱した「日常現実の深い襞」から美を見出すという思想は、既存の価値観や美意識への挑戦であり、新たな視点の提示でした。 「反応」というタイトルは、こうした時代や芸術の動向、あるいは無意識下の衝動に対する、アーティストたちの受動的かつ能動的な応答を象徴していると考えられます。それは、単なる記録写真とは異なり、内的な感情や観念が外界の事象と交錯する中で生まれる、新たなリアリティの探求であったと言えるでしょう。

評価と影響

阿部展也と瀧口修造は、日本のシュルレアリスムと前衛写真の発展において、中心的な役割を担いました。彼らの活動は、絵画、写真、評論といったジャンルを横断するものであり、その多角的なアプローチは後続の芸術家たちに大きな影響を与えました。 特に、瀧口が提唱した「前衛写真」の概念と、それに共鳴して制作された阿部の写真作品は、日本の写真史において新たな地平を切り開きました。

「反応」のような作品を通じて示された彼らの前衛的な精神と表現は、戦後の日本の現代美術、特に実験工房の結成など、多様なジャンルを横断する芸術運動の萌芽にも繋がっていきました。 阿部展也自身、戦後は画風をキュビスム、シュルレアリスム、アンフォルメル、幾何学的抽象へと目まぐるしく変化させ、国際的な美術交流の最前線に立つ「あくなき越境者」として、日本の美術界に世界の新しい潮流を紹介する役割も果たしました。 瀧口修造もまた、詩人・美術評論家としてだけでなく、デカルコマニーなどの造形的実験を行い、戦後の日本前衛芸術の精神的支柱であり続けました。 作品「反応」は、彼らのこのような広範な活動と、日本のモダンアートにおける革新的な役割を理解する上で、重要な手がかりとなるでしょう。