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魚の慾望 / Desire of Fish

阿部展也(芳文) / Abe Nobuya (Yoshibumi), 瀧口修造 / Takiguchi Shuzo

「魚の慾望」は、日本の詩人、美術評論家である瀧口修造と、画家・写真家である阿部展也(芳文)による共同制作の詩画集『妖精の距離』に収録された作品の一つです。この作品は、二人のアーティストが追求したシュルレアリスム(超現実主義)の精神と、その思想を形にするための多様な表現方法を象徴しています。

制作背景・経緯・意図 瀧口修造と阿部展也は、1930年代の日本の美術界において、前衛芸術の推進者として重要な役割を担いました。特に瀧口は、アンドレ・ブルトンが提唱したシュルレアリスムを日本に紹介し、その理論的支柱となりました。彼は、写真の本質である記録性を重視しつつも、日常の現実の奥深くに潜む美を見出すことをシュルレアリスムの目的としました。阿部展也は瀧口の思想に共鳴し、1938年に瀧口を中心として結成された「前衛写真協会」の主要メンバーとして活動しました。

詩画集『妖精の距離』は、1937年に制作・刊行されました。この共同作業は、阿部が描いた12点の鉛筆デッサンに瀧口が詩をつけるという形式で進められました。瀧口は詩画集に理想的な表現形式を見出し、この作品を通じてその幸福感を表したとされます。作品名「魚の慾望」は、瀧口が提唱した「オブジェ論」と深く関連しています。瀧口は、ダリの思想を受け、「オブジェのカルチャーは、欲望のカルチャーに同化されるだろう」と述べ、オブジェ(物体)が人間の欲望を体現するものであると考えていました。この作品は、こうしたシュルレアリスムにおける無意識や夢、そして生命体の内なる「欲望」の表現を試みたものと考えられます。

技法や素材 「魚の慾望」は、詩画集『妖精の距離』の一部として、印刷された紙に表現されています。阿部展也によるデッサンがもととなり、それに瀧口修造の詩が添えられました。阿部は元々画家としてキャリアをスタートさせましたが、瀧口の影響を受け、オブジェや風景を被写体とした実験的な写真も発表しており、その造形感覚がデッサンにも反映されていると推測されます。この詩画集における二人の共同作業は、絵画と詩、さらには写真という異なるメディアを横断する前衛的な試みでした。

意味 作品名が示す「魚の慾望」は、文字通りの意味だけでなく、シュルレアリスム特有の象徴的な意味合いを持ちます。魚は無意識の世界や深層心理、あるいは形を変える生命の象徴として読み解くことができ、そこに「慾望」という人間の根源的な感情が結びつくことで、夢のような、あるいは不気味でありながらも魅惑的な世界が提示されています。瀧口のオブジェ論が示唆するように、この作品における「魚」は単なる生物ではなく、人間が抱える見えない欲望や、日常の奥に隠された非日常的な美を映し出す「オブジェ」として機能していると言えるでしょう。それはまた、当時の社会状況や、芸術家たちが現実とは異なる新たな真実を追求しようとした姿勢をも反映している可能性があります。

評価や影響 詩画集『妖精の距離』は、発表当時、若き阿部展也の評価と知名度を一気に高め、画家として大きな一歩を踏み出すきっかけとなりました。瀧口修造と阿部展也の共同制作は、日本のシュルレアリスム運動、ひいては前衛芸術の発展において重要な一ページを刻みました。彼らが追求した「日常現実の深い襞に潜む美」を見出すという思想は、後の写真家や芸術家たちにも強い影響を与え、日本における表現の多様性を広げることに貢献しました。

この作品は国立国際美術館に所蔵されており、同美術館の30周年記念展や「シュルレアリスムと日本」展など、複数の展覧会で展示されています。また、阿部展也は「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展にも出品作家として名を連ねており、彼の多岐にわたる活動と、新宿が日本の近代美術の拠点の一つとして果たした役割を理解する上で、この初期の重要な共同作品は、彼の芸術家としての原点を示すものとして位置づけられます。