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詩画集『妖精の距離』 / Illustrated Book "Fairy's Distance"

阿部展也(芳文) / Abe Nobuya (Yoshibumi), 瀧口修造 / Takiguchi Shuzo

詩画集『妖精の距離』

「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展で紹介される詩画集『妖精の距離』は、1937年に美術評論家であり詩人でもあった瀧口修造と画家・阿部展也(芳文)の共作として制作されました。この作品は、戦前における日本シュルレアリスムの重要な成果として位置づけられています。

制作背景と意図 本作品は、阿部展也が描いた12点の鉛筆デッサンに、瀧口修造がインスピレーションを得て詩をつけたことにより制作されました。瀧口は当時、詩画集に理想的な表現形式を見出しており、『妖精の距離』の完成によってその幸福感を率直に綴っています。また、この詩画集は瀧口修造にとって初の、そして戦前では唯一の日本シュルレアリスムの詩画集とされています。刊行は1937年10月、春鳥会より限定100部で出版されました。この時期は、シュルレアリスムが日本で最も活発に展開されていた時代と重なります。瀧口は、シュルレアリスムが「日常現実の深い襞の影に秘められた美を見出すこと」であるという思想を提唱していました。

技法と素材 詩画集『妖精の距離』は、印刷と紙を素材としています。具体的には、縦約30cm、横約48cmの大判のケント紙12葉と、その半分のサイズのケント紙4葉が綴じられずに白厚紙の帙(ちつ)に包まれて収納されています。大判の紙は中央で二つ折りにされ、左ページには阿部の鉛筆デッサンがコロタイプ印刷で施され、右ページには瀧口の詩が配置される構成となっています。国立国際美術館には、本作に含まれる「詩画集『妖精の距離』より 反應」が収蔵されており、そのサイズは30.2 × 48.4 cmです。

作品が持つ意味 この詩画集は「純然たるシュールレアリズム作品の傑作」と評されており、瀧口が日本におけるシュルレアリスムを牽引する中で生まれたものです。詩の内容は幻想的な印象を与える一方で、後半部分では「役割」「用途」「目的」「意味」といった、私たちが世界を測るための枠組みそのものが失われた状態を描写し、読み手の固定観念を静かに問い直すような解釈も存在します。これは、シュルレアリスムが「無意識のうちに飛び去る現象を眼前にスナップすること」という瀧口の考えとも深く結びついています。

評価と影響 詩画集『妖精の距離』は、当時の美術界に大きな影響を与えました。瀧口修造は、詩人・西脇順三郎によって「シュルレアリストとしての純粋の代表的の傑作」と高く評価されています。また、阿部展也にとっても重要な転機となり、この作品の発表によって評価と知名度が飛躍的に向上し、画家としての大きな一歩を踏み出すきっかけとなりました。この共同作業以降、瀧口の阿部に対する評価は確固たるものとなり、戦後まで続いたとされています。

限定100部という少部数で刊行されたため、現存数が少なく、戦前の詩集や写真集の中でも代表的な稀覯本として現在も珍重されています。さらに、この詩画集に収録された詩の一部、「妖精の距離」と「遮られない休息」は、後に音楽家・武満徹にインスピレーションを与え、同名の楽曲が制作されるなど、後世の芸術家にも影響を及ぼしています。瀧口修造は、戦後も総合芸術グループ「実験工房」を主宰するなど、日本の前衛芸術の精神的支柱として多岐にわたる活動を展開しました。