鶴岡政男 / Tsuruoka Masao
鶴岡政男「死の静物 (松本竣介の死)」 作品紹介
本稿では、「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展で紹介される、鶴岡政男の油彩画「死の静物 (松本竣介の死)」について解説します。この作品は、1948年に制作され、油彩・カンヴァスを素材としており、神奈川県立近代美術館に所蔵されています。
制作背景・経緯・意図 この作品は、画家・鶴岡政男が親交の深かった画家・松本竣介の死を受けて制作されました。松本竣介は1948年に36歳で夭折しており、本作はそのデスマスクを描いたものとされています。鶴岡政男(1907-1979)と松本竣介(1912-1948)は、太平洋画会研究所で学び、また戦時中の1943年には、靉光、麻生三郎らと共に、時局に左右されずヒューマニズムを共有し、戦意高揚に抵抗する「新人画会」を結成するなど、緊密な関係を築いた仲間でした。
鶴岡にとって、松本竣介の早すぎる死は大きな衝撃であり、この作品は単なる友人の肖像画に留まらず、松本の遺志を確認し、それを受け継ごうとする鶴岡自身の決意と、深い哀悼の念が込められていると解釈されています。戦後の虚脱状態の中、画壇を牽引する存在であった松本の死は、当時の美術界にとっても大きな損失であり、鶴岡はこの作品を通じて、その時代の悲しみと向き合ったと言えるでしょう。
技法・素材 本作は、油彩・カンヴァスという古典的な素材と技法で描かれています。鶴岡政男は、戦後の作品の多くを東京大空襲で焼失しており、本作は彼の戦後初期の貴重な作品の一つです。この時期の鶴岡は、荒々しい筆致と重厚な色彩によって、人間の内面に潜む不条理や、混沌とした社会の様相を表現する傾向にありました。本作においても、松本のデスマスクが、単なる具象描写を超え、深遠な意味合いを持つ静物として描かれていると考えられます。
作品の意味 「死の静物」というタイトルは、一見すると矛盾した言葉の組み合わせであり、一般的な静物画が持つ生命の象徴とは対照的な意味合いを持っています。ここでは、死を静物として捉えることで、生の儚さ、あるいは死がもたらす普遍的な問いかけが提示されていると解釈できます。
松本竣介のデスマスクを描くという行為は、故人への個人的な追悼だけでなく、戦後の混乱期において、人間の尊厳や芸術のあり方を問い続けた松本の精神を、鶴岡が深く受け止めたことを示唆しています。また、作品が松本家に置かれたという事実は、私的な追悼の意味合いが強かったことを物語っています。鶴岡は、この作品を通じて、失われた生命への哀惜と、それを受け継ぎ、新たな時代を生きる者の責任感を表現したと言えるでしょう。
評価・影響 「死の静物 (松本竣介の死)」は、鶴岡政男の作品の中でも、特定の個人への深い思いが込められた稀有な作品であり、彼の人間性や、同時代の画家たちとの強い絆を示す重要な証拠となっています。この作品は、鶴岡が戦後、人間存在や社会の矛盾を鋭い風刺と批評精神をもって追求していく、その原点の一つとして位置づけられます。神奈川県立近代美術館に所蔵され、展覧会で紹介されること自体が、この作品の美術史における重要性と評価の高さを示しています。
鶴岡政男はその後も、具象から、人間を風刺的に記号化・抽象化した画風へと変貌を遂げますが、本作に見られる人間の根源への問いかけは、彼の芸術活動を通して一貫したテーマであり続けました。