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芙美子像 / Portrait of Fumiko

手塚緑敏 / Tezuka Ryokubin

新宿歴史博物館の開館50周年を記念する特別展「モダンアートの街・新宿」にて展示される手塚緑敏による油彩作品「芙美子像」は、1937年に制作された、油彩・カンヴァスによる作品です。新宿歴史博物館に所蔵されています。

この作品は、著名な小説家・林芙美子の夫であり画家であった手塚緑敏が、妻である林芙美子を描いた肖像画です。手塚緑敏(1902-1989)は長野県に生まれ、画家を志し上京しました。彼は温厚で献身的な人柄で知られ、1926年に林芙美子と内縁の結婚をして以来、終生にわたり奔放な妻の活動を陰で支え続けました。浅草の劇場の舞台大道具の絵を描くアルバイトをしながら、絵の勉強を続けていました。妻の芙美子が「放浪記」で一躍人気作家となってからも、彼は画家として名を馳せることよりも、芙美子のマネージャー兼秘書役として、彼女の創作活動を献身的に支える道を選んだとされています。

「芙美子像」は、まさに作家として脂の乗っていた時期の林芙美子を捉えています。作品には、丹前を羽織り執筆に没頭する芙美子が、物語の構想を練るかのように一瞬顔を上げた姿が描かれています。手塚は、荒々しいタッチで芙美子の緊張に満ちた顔立ちを捉え、その筆致は、創作に向き合う作家の真剣な表情と内面の情熱を伝えています。油彩・カンヴァスという古典的な技法を用いながらも、その表現にはモデルへの深い理解と愛情が込められていることがうかがえます。

この作品は、単なる肖像画に留まらず、林芙美子という一人の偉大な作家の日常の一コマを切り取った貴重な記録としての意味を持っています。また、献身的に妻を支えた画家の、妻への深い敬愛の念が表現された作品ともいえるでしょう。林芙美子自身が自由奔放な筆致と色彩で描いた「自画像」とは対照的に、手塚緑敏が描く「芙美子像」は、生真面目な緑敏の性格と、創作に没頭する芙美子の姿を鮮明に対比させています。

手塚緑敏自身は、著名な画家として名を残すことはありませんでしたが、彼の存在は林芙美子の文学的活動を大いに支え、その影響は間接的に美術界にも及びました。例えば、彼は自宅の裏で素晴らしい薔薇を育てており、隣に住む画家・刑部人や、梅原龍三郎、中川一政といった多くの画家たちが、緑敏が育てた薔薇を題材に作品を制作しました。梅原龍三郎は「緑敏氏の薔薇でなくては描く気がしない」とまで語ったとされ、彼の薔薇が数々の名作の源となったことは、手塚緑敏が芸術界に与えたもう一つの大きな影響といえるでしょう。

現在、林芙美子の旧宅は「新宿区立林芙美子記念館」として保存・公開されており、手塚緑敏のアトリエは展示室として、新宿歴史博物館が所蔵する林芙美子関連資料の展示に活用されています。この「芙美子像」は、林芙美子という作家の人物像をより深く理解する上で欠かせない、文学と美術が交差する貴重な作品として、現在も大切に所蔵・展示されています。