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自画像 / Self-portrait

松本竣介 / Matsumoto Shunsuke

本記事では、開館50周年記念「モダンアートの街・新宿」展で紹介された、松本竣介の作品「自画像」について解説します。


松本竣介「自画像」

洋画家、松本竣介が1941年に制作した油彩・板の作品「自画像」は、神奈川県立近代美術館に所蔵されています。この作品は、松本竣介の画業において重要な転換点となった時期に描かれたものです。

制作背景と意図 「自画像」が制作された1941年は、日本が太平洋戦争へと突入する直前であり、軍部による美術への干渉が強まるという、日本の社会情勢が大きく変化していた時代でした。このような緊迫した空気の中で、松本竣介は美術雑誌『みづゑ』に「生きてゐる画家」と題する文章を発表し、国家による芸術への統制に異議を唱えました。この文章は、国家への貢献を多様なあり方として認め、単一の価値観で芸術を画一化しようとすることに反対する、画家の強い意志を示すものでした。 この時期、松本竣介の画風は1940年頃を境に大きく変化しています。それまでのモンタージュ技法を用いた近代的画風から、明暗法を重視した古典的なリアリズムへと移行し、自己の内面を見つめ直す内省的な傾向を深めていきました。この「自画像」は、画家としての自己の存在意義と向き合い、新たな表現を模索する中で生み出された作品であると言えます。

技法と素材 作品は油彩により板に描かれています。松本竣介は自画像を描く際、鏡に直接顔を映すのではなく、ガラス板の裏に墨を塗ったものに顔を映すという独自の技法を用いていました。これにより、暗い背景にぼんやりと映る自身の姿から、深みのあるトーンを捉え、描いたとされています。この時期の画風の変化に伴い、それまでの「線」を主体とした表現から、「量感」を重視する描写へと転換が図られており、「自画像」にもそうした新しい表現への探求が見られます。

作品が持つ意味 「自画像」は、太平洋戦争開戦を間近に控えた時代において、松本竣介がアトリエで孤独に、しかし強い意志を持って自己と向き合った姿を映し出しています。軍国主義へと向かう時代の中で、画家という存在が何によって自らを保ち、表現し続けるのかという問いへの答えが、この作品には込められています。暗い時代に抵抗し、画家としての生き方を見つめ直そうとする、等身大の松本竣介の姿が象徴的に描かれていると言えるでしょう。この作品は、個人の尊厳と芸術の自由を希求する画家の内面世界を深く示唆しています。

評価と影響 松本竣介の「自画像」は、彼の画業における重要な転換点を示す作品の一つとして高く評価されています。彼の作品は、戦中・戦後という困難な時代に制作されたにもかかわらず、その詩的な静けさと内省的な表現は、現在に至るまで多くの人々を魅了し続けています。 また、この作品を所蔵する神奈川県立近代美術館は、松本竣介の作品を公立美術館として初めて紹介するなど、画家と深い縁があります。没後もその芸術性が再評価され、日本近代洋画壇に重要な足跡を残した画家として、後世に大きな影響を与え続けています。