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冠 / Crown

桂ゆき / Katsura Yuki

桂ゆき作《冠》(1979年再制作、原作:1939年)は、油彩・カンヴァスを技法・素材とする作品です。本作品は板橋区立美術館に所蔵され、「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展で紹介されます。

桂ゆき(1913-1991)は、日本の前衛芸術を牽引した女性画家として知られています。彼女は、既成の美術の枠にとらわれず、自由な表現を追求しました。初期には紙やコルクを用いたコラージュ作品を手がけ、その後も抽象から風刺的、戯画的な表現まで、多岐にわたる技法とスタイルで作品を生み出しました。

《冠》の原作は1939年、桂ゆきが吉原治良、山口長男らと創立した前衛グループ「九室会」の第1回展に出品されました。 この時期、桂は、布や紙を画面に直接貼り付けるコラージュ技法に傾倒し、自身の感覚の表現として確立させていました。 しかし、表面上はコラージュのように見える作品も、実際にはすべて描画によるものであり、その機知とユーモアがうかがえます。

桂ゆきの作品には、うさぎや蛾、木の根、人物といった様々なモティーフが、現実世界での比率や脈絡を無視して不統一に並べられる特徴が見られます。 彼女は古典的な絵画のモティーフに共感せず、「祖先から皮膚におなじみの、もっと卑近な、もっとフレッシュな、私の魂にふれる」ものを作品に求めました。 このような制作の姿勢は、《冠》においても、身近でささやかな事物への偏愛として表れていると考えられます。

1979年に再制作された《冠》は、1939年のオリジナル作品の精神を現代に伝えるものです。桂は、1970年代に再びコルクを多用したコラージュを手がけるなど、そのキャリアを通じて多様な表現を試み続けました。 《冠》に見られるような、器物や動物、人物を擬人化したり、角を生やしてユーモラスに表現したりする手法は、彼女の作品全体に見られる特徴です。 これは、特定の物語を説明する戯画的なキャラクターというより、役割や意味から解き放たれたナンセンスな存在として描かれていると解釈できます。

桂ゆきの作品は、シュルレアリスムや抽象表現、ルポルタージュ絵画などと共鳴しつつも、それらから逸脱する独自性を持っています。 彼女は特定の表現形式に回収されることを拒み、様式を自ら更新していく運動性によって、美術そのものに抵抗する精神を示しました。 その表現は、西欧的な絵画の模倣でもなく、日本的な土着性への回帰でもない、独特の絵画世界を確立しています。 《冠》は、桂ゆきが戦前から追求した自由な表現と、身近な事物への深い洞察、そしてユーモアと抵抗の精神を内包する、彼女の代表的な作品の一つとして評価されています。