オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

こども / Portrait of a Boy

吉田博 / Yoshida Hiroshi

「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展にて紹介される、吉田博の木版画「こども」は、1927年に制作された作品です。横浜美術館に吉田穂高氏より寄贈されたこの作品は、木版・紙という素材を用いており、縦長の画面に少年が描かれた稀有な肖像画として、吉田博の幅広い表現力を示しています。

この作品が制作された背景には、吉田博が洋画家としてのキャリアを確立した後、木版画の世界へと本格的に傾倒していった経緯があります。明治時代に衰退しつつあった日本の木版画を、西洋画の写実的な表現と融合させ、新たな芸術として再生させようとする「新版画」運動に共鳴した吉田は、1920年代半ばから、自身の理想とする木版画制作に情熱を注ぎました。特に1925年以降、彼は「自摺り」という独自の制作体制を確立します。これは、絵師自身が下絵を描くだけでなく、彫りや摺りの工程にも深く関与し、時には自らも手を動かし、あるいは専属の彫師や摺師を厳しく監督することで、自身の芸術的意図を完璧に作品に反映させることを目指したものです。

「こども」に用いられている技法は、この吉田博独自の「自摺り」による木版画です。彼は、淡い色を何十回も摺り重ねる多色摺りによって、空気や光、水面の反射といった自然の微妙な情景を奥行き深く表現する技術を完成させました。本作においても、少年の肌の質感や表情、そして背景の柔らかな表現は、この精緻な摺りの技によって生み出されています。また、本作は一般的な浮世絵や新版画のサイズを遥かに超える大判サイズであることも特徴の一つです。このような大きな画面に人物像を描くことで、より一層の存在感と鑑賞者への訴求力を高めています。

この作品の意味合いとしては、描かれた少年が吉田博の次男である吉田穂高であるとされています。吉田博は風景画を多く手掛けた画家として知られていますが、家族を主題とした作品は比較的珍しく、この「こども」は画家の個人的な眼差しと愛情が注がれた貴重な作品と言えるでしょう。少年の純粋な表情を捉えることで、普遍的な子どもの姿や成長への願いを表現しているとも解釈できます。

吉田博の木版画は、その卓越した技術と芸術性から、国内外で非常に高い評価を受けてきました。特に欧米では早くからその価値が認められ、ダイアナ妃や心理学者フロイトといった著名人も彼の作品を愛好したと言われています。風景画が彼の代表作とされる中で、「こども」のような人物画は、彼の技術の幅広さと、人物の内面をも深く捉える表現力を示すものとして、特別な意味を持つと考えられます。本作は吉田博の数ある作品の中でも傑作の一つと評価されており、洋画で培った写実的な描写力と、日本の伝統的な木版画技法が見事に融合した、まさに「新版画」の理念を体現する作品と言えるでしょう。