川上澄生 / Kawakami Sumio
開館50周年記念「モダンアートの街・新宿」展で紹介される川上澄生(かわかみすみお)の木版画《早稲田大学大隈候記念大講堂》は、1930年に制作された作品です。この作品は、日本の近代における芸術と社会の変遷を映し出すものとして注目されます。
作品の背景・経緯・意図 本作品は、1929年から1932年にかけて日本創作版画協会の同人である川上澄生ら8名の作家によって刊行された版画集『新東京百景』の一点として制作されました。関東大震災からの復興期にあった東京の姿を、新たな視点と表現で記録することを意図したものです。 川上澄生は、1895年に横浜で生まれ、大正末期から昭和の時代にかけて活躍した版画家です。彼は1921年より栃木県立宇都宮中学校(現・宇都宮高等学校)で英語教師を務めながら創作活動を行い、その素朴で詩情豊かな作風は「へっぽこ先生」という愛称とともに親しまれました。特に、文明開化期の風俗や南蛮文化といった異国情緒あふれる題材を好んで描く傾向があり、懐古的でありながらもモダンな感覚を作品に落とし込みました。 《早稲田大学大隈候記念大講堂》が描かれた1930年は、大隈記念講堂が1927年に竣工し、早稲田大学の象徴的な建造物として定着しつつあった時期にあたります。川上は、この新しい東京を象徴する建築物を題材に選び、『新東京百景』の一部として、当時の都市の息吹と自身の詩情を融合させた表現を試みています。
技法や素材 本作品は木版画として制作されています。川上澄生は、下絵から彫り、そして刷りまで、版画制作の全工程を自身で行う「創作版画」の確立者の一人です。これは、作家が自らの表現を追求するために、版画の伝統的な分業体制から離れて独自の世界を築くという、当時の創作版画運動の精神を体現するものでした。 素材としては紙が用いられています。川上は版木の刷りにおいて、和紙、洋紙、布、革、アルミ箔など、様々な素材での実験を試みており、この作品においても、彼の探求心が反映されている可能性があります。素朴ながらも味わい深い線と、独特の色使いが彼の作品の大きな特徴です。
作品が持つ意味 《早稲田大学大隈候記念大講堂》は、近代化する東京の風景を捉えつつ、川上澄生ならではの詩情とノスタルジーが込められた作品です。大隈記念講堂は、早稲田大学の創立者である大隈重信の「人生125年説」にちなんで高さ125尺(約38メートル)の時計塔を持つ、チューダー・ゴシック様式の壮麗な建築であり、1927年の竣工後、2007年には重要文化財に指定されています。川上は、単なる建物の写実的な描写に留まらず、その建築が持つ歴史的背景や当時の人々のモダンなものへの憧憬を、独自の感性で表現しようとしたと考えられます。
評価や影響 川上澄生は、その独特なプリミティブな表現と懐古的な詩情によって、版画界に独自の地位を確立しました。彼の代表作の一つである《初夏の風》(1926年)は、後に棟方志功が版画制作を志すきっかけとなったことでも知られています。 本作品が収められている『新東京百景』は、日本の創作版画運動における重要な版画集の一つとして評価されており、関東大震災後の東京の姿を伝える貴重な記録でもあります。今回の「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展で紹介されることは、川上澄生の作品が持つ歴史的・芸術的価値が再認識される機会となります。展覧会では『新東京百景』から5図が展示され、創作版画運動が新宿という街とどのように関わってきたかを示す重要な作品群として位置づけられています。