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神楽坂 / Kagurazaka Incline

逸見享 / Henmi Takashi

逸見享の木版画「神楽坂」は、開館50周年記念「モダンアートの街・新宿」展にて紹介される作品です。1929年に制作されたこの作品は、大正から昭和初期にかけて活躍した版画家、逸見享の代表作の一つであり、都市の風景を描いた「新東京百景」シリーズの一環として知られています。

作品の背景と経緯、意図

作品「神楽坂」は、逸見享が手がけた連作『新東京百景創作版画』の中の一点として1929年(昭和4年)に制作されました。このシリーズは、1923年(大正12年)の関東大震災からの復興を経て変貌を遂げる東京の姿を、創作版画という技法で捉えようとする意図を持って企画されました。震災からの復旧が進む東京の都市風景や人々の営みを記録し、新たな時代の息吹を伝えることを目指した作品群であり、「神楽坂」もまた、当時の東京の日常の一コマを切り取った作品です。逸見享は、このシリーズに「植物園」(1929年)、「帝国ホテル」(1930年)、「聖橋」(1930年)、「四谷見附雨景」(1930年)など、計13作品を制作・発表しています。

技法と素材

「神楽坂」は、木版(woodcut)という技法を用いて制作されています。木版画は、板木に図案を彫り込み、インクを塗って紙に転写する伝統的な版画技法です。逸見享は多色木版も手がけており、色彩豊かな表現を特徴としています。本作品においても、当時の神楽坂の坂道や街並みが、木版画ならではの彫りの線と色面によって表現されています。使用されている素材は紙です。作品の寸法は、イメージ部分が24.2 × 18.4 cm、シート全体では27.2 × 20.1 cmと記録されています。

作品の意味

「神楽坂」は、当時の東京、特に震災後の復興期における都市の情景を記録する意味を持っています。神楽坂の緩やかな傾斜と、そこに広がる街並みは、近代化と伝統が入り混じる当時の東京の姿を象徴していると考えられます。この作品は、単なる風景描写に留まらず、変わりゆく都市の情緒や人々の生活を木版画という媒体を通して後世に伝える役割を担っています。

逸見享というアーティスト

逸見享(へんみ たかし、1895年 - 1944年)は、和歌山県和歌山市に生まれ、大正から昭和戦前にかけて活躍した版画家、装幀家です。1913年に上京し、1915年に同郷の先輩である田中恭吉の遺作展に感銘を受けたことをきっかけに版画制作を始めました。小林富次郎商店(後のライオン歯磨本舗小林商店)の意匠部に勤務しながら木版画に打ち込み、詩人の大手拓次と交流し、その詩集の装幀も多く手がけました。 彼は、1919年(大正10年)の第1回日本創作版画協会展に入選して以降、春陽会や日本版画協会といった主要な版画団体で積極的に作品を発表しました。また、恩地孝四郎らと共に「卓上社」や「創作版画倶楽部」を結成するなど、創作版画運動の中心的な役割を担いました。

評価と影響

逸見享の作品は、その時代を象徴する都市風景の描写において高い評価を受けています。特に『新東京百景創作版画』シリーズは、関東大震災後の東京の復興と変貌を記録した貴重な資料としても位置づけられています。彼の作品は国内の展覧会だけでなく、1934年のパリでの「日本現代版画とその源流展」や、1936年から1937年にかけて欧米8都市を巡回した「日本現代版画展」など、海外の展示会にも出品され、日本の創作版画の国際的な紹介にも貢献しました。逸見享の作品は、近代日本の版画史において重要な位置を占め、後の版画家に影響を与えたとされています。現在、東京都現代美術館に所蔵されており、その芸術的・歴史的価値が認識されています。