オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

新宿カフェ街 / Amusement Quarter in Shinjuku

深沢索一 / Fukazawa Sakuichi

深沢索一の作品「新宿カフェ街」は、1930年に制作された木版画です。この作品は、彼が参加した「新東京百景」シリーズの一つとして発表されました。

制作背景・経緯・意図 深沢索一は1896年に新潟県で生まれ、大正初期に家族と上京しました。当初は小説家を志していましたが、大正10年(1921年)に版画家・諏訪兼紀との出会いをきっかけに木版画の道へ進みます。彼は、明治後期以降の西洋美術思潮の影響を受け、絵師、彫師、摺師による職人的分業体制であった浮世絵版画とは異なり、作家自身が全ての工程を手掛ける「創作版画」運動の中心的作家の一人でした。この運動は、自我に目覚めた作家が、絵画の複製物として見られがちであった版画に、作家性や芸術性を追求する意図を持っていました。作品が制作された1930年頃の新宿は、モダンな都市風景を形成し、カフェなどの娯楽施設が立ち並ぶ活気ある「カフェ街」が広がっていました。「新宿カフェ街」は、当時の「新東京百景」シリーズの一環として、近代化する東京の風景を版画で表現する目的で制作されました。この作品は、新宿三越の裏手、現在の新宿ライオン会館付近を描写しているとされています。

技法や素材 深沢索一は版画家として、特に木版画を主要な技法としました。彼は浅彫りを多用した独自の作風を持ち、多色木版やモノクロ木版による作品を多数発表しています。「新宿カフェ街」も木版画で、紙に摺られた作品です。深沢索一の多くの作品と同様に、作者自身が描画、彫刻、摺りの全工程を行う創作版画の技法が用いられています。

作品の意味 「新宿カフェ街」は、1930年代の東京、特に新宿という都市が持つモダンで文化的な側面を捉えています。カフェや娯楽施設が集中するこの地域の描写は、当時の都市生活の移り変わりと、そこで生まれる新しい文化や人々の営みを象徴しています。深沢索一が属した創作版画運動は、版画を単なる複製ではなく、作家の個人的な表現手段として確立しようとするものであり、この作品もまた、作家の視点を通して捉えられた都市の情景として意味を持ちます。

評価や影響 深沢索一は、大正11年(1922年)の第4回日本創作版画協会展に入選して以降、日本版画協会、春陽会、日展など、多くの主要な美術展に出品し、その才能を評価されました。風景画を得意とし、その独特の作風で版画界において存在感を示しました。彼の作品は、東京都現代美術館や東京国立近代美術館といった、日本の主要な美術館に所蔵されており、その芸術的価値と、近代日本版画史における重要な位置づけが認められています。特に「新東京百景」シリーズは、当時の東京の都市風景を記録した貴重な作品群として、後世に影響を与えています。