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第五図 花うり娘 / No. 5, Flower Girl

織田一磨

織田一磨 《第五図 花うり娘》:近代日本の都市情景を刻む石版画

この度、「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展で紹介される織田一磨の作品《第五図 花うり娘 / No. 5, Flower Girl》は、明治から昭和初期にかけて日本の版画界に独自の足跡を残した織田一磨の真骨頂を示す一枚です。石版画という技法を日本独自の芸術表現へと昇華させ、「石版画の第一人者」と称された織田一磨の、都会の情景とそこに生きる人々の姿を捉える眼差しが凝縮されています。

制作背景と意図

織田一磨は1882年(明治15年)に東京で生まれ、洋画を川村清雄に、石版画をオットマン・スモリックや金子政次郎に学びました。彼は「自画石版の織田一磨」として知られ、創作版画運動の初期から活動し、木版画が主流であった当時の版画界において、石版画の可能性を追求しました。彼の作品の根底には常に「風景の中に宿る魂」を捉えようとする真摯な姿勢がありました。

《第五図 花うり娘》は、織田が特に力を入れた都市風景のシリーズの一つとして位置づけられます。特に「東京風景」や「大阪風景」といった連作を通して、急速に変貌を遂げる近代日本の都市の様子を克明に描写しました。本作品は、東京・新宿という、当時モダン化が進む都市の一角における日常の一コマを切り取ったものであり、都会の喧騒の中に咲く小さな営み、すなわち「花うり娘」の姿を通して、時代の移り変わりとそこに生きる人々の叙情性を表現しようとしたと考えられます。東京富士美術館には「新宿風景花売り娘」という題の織田一磨の作品が収蔵されており、本作品と関連性が高いと推測されます。これは、織田が新宿という街の風景の中に、特定の人物像を重ねて描くことで、単なる風景描写に留まらない深い人間ドラマを描こうとした意図を示唆しています。

技法と素材

織田一磨は石版画(リトグラフ)の技法において、その卓越した技術と表現力で知られています。木版画の力強さとは対照的に、石版画特有の柔らかい質感と繊細なグラデーションを駆使し、「光と影の詩」と称される表現を確立しました。

《第五図 花うり娘》においても、石版画の特性を最大限に活かした表現が見られます。具体的には、「砂目」から「磨き」に及ぶ石版の目立て調整、単色と多色の巧みな使い分けなど、多様なバリエーションを試みました。繊細なクレヨン使いに特殊な手法を組み合わせることで、しっとりとした砂目調にも見紛う効果を生み出し、また針や小刀でクレヨンを掻き取る神経質な細線を用いることで、微細な描写を可能にしています。これにより、街の空気感や人物の表情、花々の質感に至るまで、奥行きのある描写が実現されています。

作品の持つ意味

この作品における「花うり娘」のモチーフは、近代化の波が押し寄せる都市において、古き良き日本の風情と、そこでたくましく生きる庶民の姿を象徴していると考えられます。当時の新宿は、目覚ましい発展を遂げ、新しい文化が生まれる一方で、昔ながらの暮らしも息づいていた場所でした。花を売るという行為は、日々の生活を支える労働であると同時に、人々の心に潤いを与える存在でもあります。織田は、そのような日常の中に存在する美しさや、都市の片隅で懸命に生きる人々の姿に深い関心を寄せ、それを詩情豊かに描き出しました。

評価と影響

織田一磨の石版画は、日本の近代風景画において石版画というジャンルを芸術の域にまで高めた孤高の到達点であると評価されています。彼の作品は、当時の版画界に新風を巻き起こし、多くの後進の版画家たちに影響を与えました。特に、都市の風景を叙情的に捉えるその作風は、以降の版画表現に大きな影響を与え、日本の創作版画運動の発展に貢献しました。彼の作品は東京国立近代美術館をはじめとする主要な美術館に収蔵されており、その芸術的価値は高く評価され続けています。

《第五図 花うり娘》もまた、織田一磨が描いた近代都市風景の一つとして、当時の人々の暮らしや文化、そして変わりゆく日本の姿を現代に伝える貴重な資料であり、日本の版画史における重要な作品として位置づけられています。