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第四図 明治神宮表参道 / No. 4, Front Approach to Meiji-Jingu Shrine

織田一磨

織田一磨《第四図 明治神宮表参道》

本作品《第四図 明治神宮表参道》は、明治から昭和にかけて活躍した石版画家、織田一磨(1882-1956)によって1930年(昭和5年)に制作されました。この作品は、織田一磨が手掛けた連作「画集新宿」のうちの一点であり、SOMPO美術館の開館50周年記念展「モダンアートの街・新宿」において紹介されています。この展覧会は、明治時代末期から戦後初期にかけての新宿と、そこを拠点とした芸術家たちの軌跡をたどる試みであり、新宿が近代美術の重要な拠点であったことを示しています。

制作背景と意図

織田一磨は「自画石版の織田一磨」として知られ、石版画という技法を日本独自の芸術表現へと昇華させた第一人者です。彼の制作活動の根底には、「風景の中に宿る魂」を捉えようとする真摯な姿勢がありました。織田は、いわゆる名所や伝説的な土地に限定されず、自身が「面白いと感じた風景」を描写することにためらいがなかったと述べています。彼は都市風景の記録者として、時代の移り変わりとともに変化する東京の街並みを石版画によって表現しました。

特に「画集新宿」は、昭和初期に刊行された版画集の一つであり、関東大震災後の復興事業によって変貌した新しい東京、特に新宿の姿を記録する目的がありました。これは、当時の「創作版画の大衆化」という美術運動とも深く関連しています。織田一磨は、油彩画が高価で一般庶民には手の届かないものであった時代に、木版画やエッチング、リトグラフといった比較的安価な版画美術を庶民に普及させることを目指しました。彼は、江戸時代の浮世絵を規範とし、自画自刻で美しく、日常的な題材を写実的に描き、安価で多量生産が可能であること、さらには異国趣味やエロチシズムを取り入れることを創作版画普及の要素として挙げました。

技法と素材

本作品は「石版」による版画であり、織田一磨が得意としたリトグラフ(石版画)の技法を用いています。石版画は、木版画の力強さとは対照的に、柔らかな質感と緻密な描写が特徴です。織田の作品には、繊細なグラデーションによって「光と影の詩」が表現されており、これにより日本の近代風景画において石版画を芸術の域にまで高めたと評価されています。

意味と評価

《第四図 明治神宮表参道》は、「画集新宿」の連作の一部として、昭和初期の明治神宮表参道の風景を捉え、その時代の都市の息吹や生活感を伝える意味を持っています。織田一磨の版画は、単なる風景描写に留まらず、そこに暮らす人々の生活や都市の変遷をも写し出しており、大正から昭和初期にかけての都市風俗を記録した貴重な資料でもあります。

織田一磨は、日本における石版画の草分け的存在であり、その功績は高く評価されています。彼は、山本鼎とともに1918年(大正7年)に「洋風版画会」を立ち上げ、後に「日本版画協会」の設立にも寄与するなど、創作版画運動の中心的な役割を担いました。彼の作品は、永井荷風の随筆「日和下駄」(1915年出版)で描写された世界を絵によって表現したとも評され、江戸や明治初期の面影を残す風景と近代的な要素が混在する都市の姿を鮮やかに描き出しました。織田一磨の作品は、現代において明治から大正、昭和にかけての日本の都市風景や文化史を読み解く上で、重要な視点を提供しています。