織田一磨
織田一磨の版画作品《第三図 武蔵野館 / No. 3, Musashino Cinema》は、SOMPO美術館の開館50周年を記念して開催される「モダンアートの街・新宿」展に出品される作品です。この展覧会は、2026年1月10日から2月15日まで開催され、新宿を舞台に育まれた日本の近代美術の軌跡をたどるもので、新宿ゆかりの約40名の作家による約半世紀にわたる作品が紹介されます。
制作背景と意図 織田一磨(1882-1956)は、明治から昭和期にかけて活躍した版画家であり、特に「自画石版」の先駆者として知られています。彼は川村清雄から洋画を、オットマン・スモリックや金子政次郎から石版画を学びました。1907年には美術雑誌『方寸』に参加し、創作版画運動の一員として活動を開始しています。 織田は、都市風景の変遷を捉えることを得意とし、特に大正から昭和初期にかけて急速に変貌を遂げる東京の姿を数多く版画に収めました。関東大震災後には、震災からの復興を経て変化していく都市の姿を記録することに注力し、都市の景観だけでなく、そこに生きる人々の営みをも描いています。彼は版画を「民衆美術」と捉え、自身の制作について「自分の心裡を描き現さんために自然の形態を借りて来る」と述べるなど、主観的な表現を重視していました。
本作《第三図 武蔵野館》は、1930年(昭和5年)に制作された「画集新宿」と題された連作の一点です。この「画集新宿」は、昭和初期に創作版画の担い手たちによって刊行された版画集の一つであり、同時期の「新東京百景」などとともに、急速に発展する首都東京の姿を記録する目的を持って制作されました。武蔵野館は当時の新宿における代表的な娯楽施設であり、この作品は、近代化の進む新宿の文化や都市生活の一端を切り取ろうとする織田の意図が反映されています。
技法と素材 本作はリトグラフ(石版画)で、紙に刷られています。リトグラフは、水と油が反発しあう性質を利用した版画技法で、描画材で描いた部分にはインクがつき、それ以外の部分には水がつきインクをはじくことで印刷されます。織田一磨は特にこの石版画の技術に長け、「自画石版の織田一磨」としてその名を馳せました。作品のサイズは17.0 × 27.5 cmです。
意味と評価・影響 《第三図 武蔵野館》は、大正から昭和初期にかけて、芸術文化の発信地として発展した新宿の「モダン」な側面を象徴する作品と言えます。織田一磨は、単なる風景描写に留まらず、自身の「面白いと感じた風景」を選んで描写することを重視しており、武蔵野館のような当時の最先端の娯楽施設を描くことで、都市の活気やそこに生きる人々の姿を表現しようとしました。 彼の作品は、失われゆく古き良き東京の風景と、カフェー文化に代表される都市風俗の先端を描き出し、関東大震災後の変貌する都市を記録した貴重な資料としても評価されています。「画集新宿」のようなシリーズ作品は、近代化の中で刻々と姿を変える都市の記憶を版画という形で後世に残し、同時代の芸術家や後の世代に、都市と人間との関係性を考察する視点を提供したと言えるでしょう。彼の都市風景版画は、今日でも東京国立近代美術館をはじめとする多くの美術館に収蔵され、その歴史的・芸術的価値が認められています。