織田一磨 / Oda Kazuma
「画集新宿」は、石版画家である織田一磨(おだ・かずま、1882-1956)が1930年(昭和5年)に制作した石版・紙による作品です。本作品は新宿歴史博物館に所蔵されており、開館50周年記念「モダンアートの街・新宿」展で紹介されています。
制作の背景・経緯・意図 織田一磨は、明治時代から昭和時代にかけて活躍した版画家であり、特に石版画(リトグラフ)を専門としました。彼は葛飾北斎をはじめとする浮世絵版画を研究し、その研究成果を自身の制作基盤としました。その画題の多くは風景であり、時代の移り変わりを新鮮に表現することが特徴でした。 「画集新宿」が制作された1930年代の新宿は、1923年(大正12年)の関東大震災からの復興を経て、近代的な都市景観へと変貌を遂げていた時期にあたります。映画館や劇場が次々と建設され、浅草と並ぶ、あるいは凌ぐ勢いで娯楽の中心地として発展し、多くの人々を惹きつけていました。特に武蔵野館のような洋画を上映する映画館は、当時の庶民にとって海外の文化に触れる貴重な機会であり、新宿の文化形成に大きく寄与していました。 織田一磨は、このような関東大震災後の復興によって生まれた「新しい東京」の姿を捉えようとしました。彼は、江戸や明治初期への郷愁に囚われることなく、新しい時代を見つめるまなざしで都市の内側へと分け入り、その変化を観察者の視点から描こうとしたとされています。 作品の制作にあたっては、いわゆる名所旧跡にとらわれず、画家自身が「面白いと感じた風景」を自由に描写する姿勢を持っていました。
技法と素材 本作は「石版・紙(Lithograph on paper)」という技法で制作されています。 織田一磨は、明治30年代に水彩画制作から画業を開始しましたが、大正期に入るとリトグラフを専門とする版画家となりました。 彼は石版画を美術表現の技法として取り入れた草分け的存在であり、自ら絵を描き、版を制作し、印刷まで行う「自画自版」を主唱する創作版画運動にも関与していました。 この技法により、筆のタッチや濃淡の表現が可能となり、都市の情景を繊細かつ豊かな表現で描き出すことができました。
作品が持つ意味 「画集新宿」には、「武蔵野館」や「新宿ステイション」、「ほていや六階から新宿三越遠望」、「新宿カフエー街」といった当時の新宿の代表的な風景が描かれています。 これらの作品群は、単なる風景描写に留まらず、近代化が進む新宿の活気、娯楽文化の隆盛、そして商業都市としての発展を記録しています。織田一磨の作品は「風景の中に宿る魂」を捉えようとする真摯な姿勢が根底にあり、変わりゆく都市の息吹を視覚的に表現することで、当時の社会の様子や人々の生活を現代に伝えています。 「画集新宿」は、関東大震災後の「新東京」を代表する新宿の姿を写し出した、貴重な都市風景の記録としても位置づけられます。
評価と影響 織田一磨の「画集新宿」(一部資料では「画集新宿風景」)は、「画集銀座」などと並び、関東大震災後の復興によって変貌した東京の姿を描いた代表的な連作版画として知られています。 彼の作品は、東京だけでなく大阪や松江など各地の都市風景を石版画で描写し、都市風景の記録者としての評価を確立しました。 現在、この作品が新宿歴史博物館をはじめ、江戸東京博物館などの主要な美術館・博物館に収蔵されていることは、その歴史的・美術的価値の高さを示しています。 また、開館50周年記念という節目に行われる「モダンアートの街・新宿」展で紹介されることは、新宿という街の歴史と近代美術を語る上で、本作品が依然として重要な意味を持つことを示しています。