松下春雄 / Matsushita Haruo
「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展にて紹介される松下春雄の作品「下落合風景」は、1925年に水彩・紙で制作され、板橋区立美術館に所蔵されています。本作は、大正から昭和初期にかけて活躍した洋画家、松下春雄(1903-1933)が、近代都市の風景が刻々と変化する様子を、独自の感性で捉えた一連の「下落合風景」シリーズにおける重要な一点です。
松下春雄は1903年に名古屋市で生まれ、1921年に上京し、本郷絵画研究所で岡田三郎助に、その後は辻永に師事し洋画を学びました。1924年の関東大震災を経て再び東京に戻った松下は、1925年に下落合1445番地へと転居します。この地で、詩人の春山行夫や洋画家の大澤海蔵らと共に共同生活を送りながら、松下は精力的に制作活動を行いました。
当時の下落合は、目白文化村と呼ばれた住宅街の造成が進み、郊外の田園風景から近代的な住宅地へと変貌を遂げつつある時期でした。松下は、この開発されたばかりの住宅地周辺の風景を一貫して「下落合文化村」と称し、数多くの風景作品を残しています。彼の作品群は、この時期の都市開発の様子や、そこに暮らす人々の日常を記録する試みであったと考えられます。しかし、松下は単なる写実的な描写に留まらず、実景をデフォルメし、彼自身の感覚を通して再構成して描く傾向があったため、作品に描かれた場所の正確な特定が難しい場合もあります。これは、画家が現実の風景から受けた印象を、内面的な視点で表現しようとする意図の表れと言えるでしょう。
「下落合風景」は、1925年に水彩・紙という技法で制作されました。松下春雄は、油絵も手がけていましたが、キャリアの初期には水彩画を得意とし、その繊細な筆致と色彩感覚を遺憾なく発揮していました。紙に水彩で描かれた本作は、光の表現や空気感、そして移ろいゆく風景の描写において、松下の高い技術を示しています。
本作「下落合風景」は、大正期の東京郊外、下落合地域の変貌を映し出すと同時に、その中に流れる人々の生活を詩的に捉えています。当時の下落合は、豊かな自然が残る一方で、新しい住宅が立ち並び始める開発途上の地域であり、松下はその独特の雰囲気を繊細なタッチで表現しました。画面にしばしば登場する少女たちの姿は、近代化の中で新しい生活を営む人々の象徴であり、風景に物語性を与えています。
また、松下の「下落合風景」には、単なる外部の風景描写に留まらない、画家自身の内面的な視点が色濃く反映されています。現実の風景と画家の主観的な解釈が交錯することで、作品は特定の場所の記録を超え、普遍的な「風景」の意味を問いかけているとも解釈できます。
松下春雄は、わずか30歳で夭折した画家ですが、その短い生涯の中で日本の美術界に確かな足跡を残しました。1924年には帝展(帝国美術院展覧会)に水彩画で初入選を果たすなど、若くしてその才能を認められています。また、鬼頭鍋三郎らと共に美術グループ「サンサシオン」を結成し、積極的に作品を発表していました。
松下が「下落合風景」を描き始めたのは1925年頃であり、これは同時期に下落合を拠点とした佐伯祐三が同様の風景を描き始めるよりも早い時期にあたります。彼の作品は、関東大震災後の東京郊外の風景を捉えた先駆的な試みとして評価されています。松下の作品は、その死後も評価が高く、1934年には遺作が帝展で特選を受賞し、1930年の帝展入選作品が帝室博物館(現・東京国立博物館)に収蔵されるなど、その功績は長く記憶されています。現在でも、その作品は展覧会で紹介され、多くの人々に感動を与え続けています。