佐伯祐三 / Saeki Yuzo
開館50周年記念 モダンアートの街・新宿にて展示されている佐伯祐三の作品「雪景色」をご紹介します。
佐伯祐三による「雪景色」は、1927年に油彩・カンヴァスの技法で制作された絵画です。この作品は現在、東京国立近代美術館に所蔵されています。
この作品は、佐伯祐三が1926年から1927年にかけてフランスから一時帰国していた時期に描かれました。佐伯は一時帰国中に大阪の街の風景も描きましたが、本作は彼のアトリエがあった東京・下落合(現在の新宿区)の風景を題材とした約30点のうちの一つです。具体的には、雪が降った翌朝の下落合の光景を、坂の下から見上げる形で描いています。
佐伯はパリ滞在中に、フォーヴィスムの画家モーリス・ド・ヴラマンクから初期の「アカデミック」な画風を批判され、その後、自己の表現を模索する転機を迎えました。ヴラマンクやユトリロの影響を受けつつも、日本の一時帰国中には日本の風土と自身の芸術の不一致を感じ、翌年には再びフランスへ制作の場を移しています。このような背景の中で「雪景色」は、画家が20世紀初頭の西洋絵画の革新と向き合い、それを自身の表現へと取り込もうとする格闘の痕跡が画面全体に刻み込まれた作品と言えます。
「雪景色」は油彩とカンヴァスを用いて描かれています。その技法の特徴として、ヴラマンクを彷彿とさせる素早い筆致が挙げられます。雪の描写には特に顕著で、純白一色ではなく、白、茶、灰色、鈍い青といった複雑な色調が幾層にも厚く塗り重ねられています。筆跡やペインティングナイフの跡がそのまま雪面の質感として立ち上がり、絵具の物質性そのものが主題化されています。
また、画面構成においては、地平線が極端に高く設定されている点が特徴です。これにより、画面の下方大部分を占める雪の野原が圧倒的な質量感をもって迫り出し、鑑賞者は地面すれすれに立ち、白い空間の圧迫の中で息を潜めているかのような錯覚に陥ると評されています。この高い地平線と力強い前景による構図は、ヴラマンクやアンドレ・ドランといったポスト印象派やフォーヴィスムの画家たちの影響を意識的に消化したものと考えられています。
本作品は、単なる冬景色の写実を超え、雪が降った翌朝の凛とした空気感を伝えています。雲間から差し込む太陽の光に、家々の屋根に積もった新雪が眩しく輝く情景が描かれています。
画面全体に厚く塗られた絵具とざらついた筆触、そして高く押し上げられた地平線は、「風景の再現」ではなく「絵画の生成」を可視化した場であると解釈されています。佐伯は雪景を描くことを通して、絵具という物質と感情という内的衝動とを一致させようと格闘した痕跡がこの作品には見られます。作品には人物が描かれておらず、その「無」が語るものは多く、雪の持つ一時性や、静謐でありながら内側から膨張するような張り詰めた空気が漂っています。
「雪景色」は、佐伯祐三が亡くなった翌年の1929年に大阪で開かれた追悼展に出品された記録がありますが、その後約90年間その所在が不明となっていました。その後、2021年に行われた展覧会で約90年ぶりに一般公開されました。日本の近代美術史において高い人気を誇る画家である佐伯祐三の代表的な油彩作品の一つとして、この時期の彼の芸術的な探求を示す重要な作品と評価されています。