佐伯祐三 / Saeki Yuzo
開館50周年記念「モダンアートの街・新宿」展より、佐伯祐三の作品「下落合風景」を紹介します。
制作年: 1926年頃 素材・技法: 油彩・カンヴァス 所蔵: 大阪中之島美術館
「下落合風景」は、1926年頃に佐伯祐三が日本に一時帰国していた時期に制作された作品です。佐伯は1924年にフランスへ渡り、フォーヴィスムの影響を受けた初期の画風から、エコール・ド・パリの画家たちとの交流を通じて、個性的で重厚な独自の表現を確立していきました。初期のパリ滞在中に藤田嗣治やヴラマンクらと出会い、パリの街並みをモチーフとした作品を多数描いています。しかし、フランスでの制作活動中に結核を悪化させ、療養のため1926年8月に日本へ一時帰国しました。この一時帰国中に制作されたのが本作品「下落合風景」であり、病を抱えながらも精力的に筆を執っていた時期の重要な作品群の一つです。
本作品は油彩・カンヴァスによって描かれています。佐伯祐三は、厚塗りの絵具によって荒々しいマチエールを形成することを特徴としています。特に、画面全体に施された力強い筆致と、陰鬱な色彩表現が際立っています。暗く抑えられた色調の中に、わずかに見える建物の壁や窓の明かりが、静けさの中に緊張感をもたらしています。この時期の佐伯の作品には、都市の風景をモチーフとしながらも、画家の内面的な感情や孤独感が色濃く反映される傾向が見られます。
「下落合風景」は、佐伯が一時帰国中に滞在した下落合の街並みを描いたものです。彼の作品ではしばしば、パリや日本の都市の路地、建物、看板などがモチーフとなりますが、単なる写実的な風景描写に留まりません。本作品においても、下落合の何の変哲もない風景が、佐伯独特の視点と表現によって、どこか荒廃的で寂寥感漂う情景へと昇華されています。画面全体を覆う重厚な色使いと、力強い筆のタッチは、佐伯が抱えていた病苦や不安、あるいは芸術に対する葛藤や情熱を象徴しているとも解釈できます。生活感のある風景の奥に、画家の精神的な世界が描き出されているのです。
佐伯祐三は短い生涯の間に多くの作品を残し、日本の近代洋画において独自の地位を確立しました。彼の作品は、日本の風景画に新しい息吹をもたらし、特に都市の風景を内面的な感情を込めて描くスタイルは後世の画家たちに大きな影響を与えました。病を抱えながらも、自身の芸術を追求し続けた佐伯の姿勢と、その表現力豊かな作品群は、現在も多くの美術愛好家や研究者から高く評価されています。本作品「下落合風景」も、一時帰国という佐伯の人生の転換点において制作された、彼の芸術性と精神性を深く示す貴重な作品として位置づけられています。