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立てる自画像 / Standing Self-portrait

佐伯祐三 / Saeki Yuzo

「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展で紹介される、佐伯祐三の油彩画《立てる自画像》は、画家の短い生涯における重要な転換点を示す作品です。


佐伯祐三《立てる自画像》

《立てる自画像》は、1924年に油彩・カンヴァスで制作され、現在、大阪中之島美術館に所蔵されています。80.5×54.8cmの画面に、パレットと筆を手にした佐伯祐三自身の姿が描かれていますが、その顔の部分は絵具で塗りつぶされ、あるいはパレットナイフで荒々しく削り取られているのが特徴です。

制作背景と意図

本作は、佐伯祐三が1923年11月にパリへ渡航した翌年、画家としての自己を見つめ直す大きな出来事の後に描かれました。佐伯はパリで、フォーヴィスムの巨匠モーリス・ド・ヴラマンクを訪ね、自身の裸婦画を見せました。しかし、ヴラマンクからは「アカデミック(伝統的で古臭い)だ」と激しい批判を受け、この言葉は佐伯に大きな衝撃を与えます。

この批判を受け、《立てる自画像》は、それまでの伝統的な画風を捨て、新しい独自の表現を模索しようとする佐伯の深い葛藤と、画家としての新たな決意が込められた作品であると解釈されています。自画像でありながら顔が削り取られていることは、当時の佐伯が自身の画家としての方向性を見失い、苦悩していた内面を象徴していると考えられています。これは、過去の自分との決別を意味するとも言われます。

技法と素材

作品は油彩・カンヴァスという伝統的な素材で制作されています。しかし、その技法には、当時の佐伯の精神状態が色濃く反映されています。特に顔の部分はパレットナイフで荒々しく絵具が削り取られており、その下の層が見えるような痕跡が残っています。これは、後の佐伯の作品に頻繁に見られる厚塗りの技法や、荒々しくエモーショナルな筆致への萌芽を示唆しています。画面全体に漂う重厚感は、この時期の彼の模索と苦闘を物語っています。また、左手にパレット、右手に筆を持つものの、右腕はだらりと垂れ、創作意欲の喪失と絶望感が表現されています。

作品が持つ意味と評価

《立てる自画像》は、顔が描かれていない「未完成」とも見なせる状態でありながら、佐伯祐三の画業を語る上で「傑作」「重要作品」として高く評価されています。この作品は、佐伯がヴラマンクからの批判を経て、ルノワールやセザンヌの影響下にあった端正な作風から脱却し、荒々しく力強い、佐伯独自の表現へと向かう決定的な転換点を示すものと位置づけられています。

この自画像に見られる画家としての葛藤と、そこから生まれた力強い表現は、その後の佐伯がパリの街並みを独自の重厚なタッチと繊細な線描で描き出す作品群へと繋がっていきます。佐伯の作品は、命を削るように描かれたと言われるほどの情熱と、ゴッホにも通じるような重々しい雰囲気を持ち、見る者に画家の内面や深い精神性を強く感じさせると評されています。近年の回顧展においても、この作品は佐伯の画業の「プロローグ」として、その生涯と芸術の始まりを象徴する重要な一点として紹介されています。