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自画像 / Self-portrait

佐伯祐三 / Saeki Yuzo

開館50周年記念「モダンアートの街・新宿」展にて展示される佐伯祐三の「自画像」についてご紹介します。


佐伯祐三「自画像」

洋画家・佐伯祐三(さえき ゆうぞう、1898-1928)による「自画像」は、1921年頃に鉛筆と紙を用いて制作された作品で、新宿歴史博物館が所蔵しています。この作品は、佐伯が東京美術学校(現在の東京藝術大学)に在学していた初期の重要な時期に描かれました。

制作背景・経緯・意図 佐伯祐三は、1898年に大阪で生まれ、1918年に東京美術学校西洋画科に入学し、藤島武二に師事しました。本作品が制作された1921年頃は、佐伯が22歳で画学生の池田米子と結婚した年でもあります。この時期は、彼の父と弟が相次いで病で亡くなり、佐伯自身も病弱で喀血を繰り返すなど、死を身近に感じる複雑な状況にありました。このような個人的な体験が、自身の内面を見つめる自画像制作の背景にあったと考えられます。また、東京美術学校では卒業時に自画像を母校に寄付する慣習があり、学生時代に多くの自画像が描かれていました。本作品は卒業制作とは異なりますが、画家としての自己確立を模索する中で、自身の姿を客観的かつ真摯に見つめようとする初期の試みの一つと位置付けられます。

技法と素材 この「自画像」は、鉛筆と紙という素描の基本的な素材を用いて描かれています。この時期の佐伯の作風は、後のパリ滞在中に確立する荒々しくダイナミックな表現とは異なり、印象派の影響を受けた穏やかで端正なものとされています。鉛筆による繊細な線描は、若き日の佐伯が自身の容貌や内面を写実的に捉えようとした態度を反映していると言えるでしょう。

作品が持つ意味 佐伯祐三は、画学生時代から多くの自画像を描いており、彼の自画像群は画風の変遷を辿る上で重要な手がかりとなります。1921年頃に制作された本作品は、後にフォーヴィスムの巨匠モーリス・ド・ヴラマンクから「アカデミック!」と酷評され、その後に激しい筆致で顔を削り取られたように描かれた「立てる自画像」(1924年) とは対照的に、抑制された筆致で描かれています。この穏やかな表現は、パリ渡航前、自身の芸術の方向性を模索していた若き佐伯の心情を映し出していると考えられます。彼の自画像は単なる自己の肖像画に留まらず、画家としての自己探求、そして自身の存在と向き合う内面的な葛藤が込められた作品として解釈できます。

評価と影響 この「自画像」単体に対する具体的な評価は多くは語られていませんが、佐伯祐三の数ある自画像の中でも、パリでの劇的な作風の転換以前の彼の出発点を示す作品として重要な意味を持ちます。佐伯は、わずか30歳で夭折するまでの約6年間という短い画家人生の中で、日本の洋画史に大きな足跡を残しました。彼の作品、特にパリの街角を描いた力強い風景画は、後世の多くの画家に影響を与え、「夭折の天才画家」として記憶されています。この初期の「自画像」は、その後の佐伯の作品に見られる表現主義的な力強さへと繋がる、内なる探究の萌芽を示す貴重な一点と言えるでしょう。