小泉清 / Koizumi Kiyoshi
「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展にて紹介される小泉清の油彩画「向日葵」は、1944年に制作された作品です。本作品は早稲田大学 會津八一記念博物館に所蔵されており、画家小泉清の芸術とその時代背景を考察する上で重要な位置を占めています。
小泉清(1899-1962)は、作家小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の三男として東京に生まれました。彼は4歳の時に父を亡くしますが、早稲田中学時代に父の教え子であった會津八一によってその画才を見出され、東京美術学校西洋画科に進学します。しかし、病のために中退を余儀なくされました。小泉は「八雲の子」あるいは「混血児」として見られることに複雑な感情を抱き、日記には「西欧的追究か東洋的解脱か」「俺の血管では西欧の血と東洋の血が闘っている」といった内面の葛藤を綴っています。彼は1946年に新興日本美術展で読売賞を受賞し、画壇にデビューしました。
「向日葵」が制作された1944年は、第二次世界大戦が激化し、日本が極めて困難な状況にあった時代です。この作品は油彩・板という技法と素材で描かれています。小泉清の画風はフォーヴィスムの影響を受けたかのような鮮やかな色彩と、絵具を厚く盛り上げることで岩肌のような力強い質感を表現する「厚塗り」が特徴とされています。彼の荒々しいタッチと激しい色彩は、その個性的な芸術スタイルを形成しました。
作品の背景にある意図や意味については、直接的な記録は少ないものの、当時の時代状況と画家の内面から推測することができます。希望や生命力を象徴する向日葵を、戦争末期の困難な時代に描いたことは、厳しい現実に対する画家の精神的な抵抗、あるいは内なる光を求める心情の表れであると考えられます。また、本展ではゴッホの「ひまわり」をはじめとする「向日葵」をモチーフにした作品が多数展示されており、小泉清の「向日葵」もその文脈の中で、日本の近代美術における「向日葵」の表現の多様性や、時代が作品に与えた影響を考察する上で重要な作品として位置づけられています。
「向日葵」が「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展において、ゴッホの代表作「ひまわり」や他の画家たちの「ひまわり」作品と共に展示されていることは、小泉清のこの作品が日本の近代美術史、特に戦中・戦後の東京画壇の文脈において、高く評価されていることを示しています。展示構成は、都市・新宿が育んだ美術の軌跡を探るものであり、小泉清の「向日葵」はその中で、時代と個人の精神が交錯する象徴的な作品として、鑑賞者に深い思索を促すものとなっています。