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歌 / Song

宮芳平 / Miya Yoshihei

開館50周年記念 モダンアートの街・新宿において紹介される宮芳平の作品「歌」は、1915年に制作された油彩・カンヴァス作品です。この作品は、現在、文京区立森鷗外記念館に収蔵されています。

作品の背景と制作意図

本作は、画家・宮芳平と文豪・森鷗外の間に生まれた特別な交流を象徴する作品です。宮芳平は1893年に生まれ、1913年に東京美術学校西洋画科に入学した若い画家でした。彼の初期の画業において、1914年に第8回文部省美術展覧会(文展)に出品した大作「椿」が落選したことが大きな転機となります。宮は、その落選理由を直接聞くため、文展の西洋画部審査主任を務めていた森鷗外を突然訪問しました。この異例の訪問から二人の交流が始まり、鷗外は宮の純粋な人柄と芸術への真摯な情熱に感銘を受け、彼を支援するようになります。

鷗外はこの出会いを題材に、宮を主人公「M君」のモデルとする短編小説『天寵』を執筆しています。作品「歌」は、その翌年の1915年に制作され、鷗外が宮から直接購入したものです。鷗外がこの作品を購入した背景には、若き画家である宮芳平への励ましと支援の意図があったとされています。

技法と素材

「歌」は、油彩・カンヴァスという西洋画の伝統的な技法と素材を用いて描かれています。宮芳平のこの時期の作品について、鷗外は落選作「椿」を評して「強烈な顔料で細かい点を打ったようにかいたものだった」と述べており、また「彩色の濃やかな氈(かも)のようにも見え、また砕いた硝子(ガラス)に光線が当たって屈折せられているようにも見えた」と描写しています。これは、同時代の彼の作品が、色彩の強度や緻密な筆致、光の表現に特徴を持っていた可能性を示唆しています。この時期、宮はアールヌーボーの影響を受けた象徴主義的な作風も見せていました。

作品の意味

作品「歌」自体の具体的な意味について詳細な記述は少ないものの、宮芳平のこの初期の作品は、しばしばロマンティシズムに満ちたものや、キリスト教的な雰囲気を持つものとして評価されています。また、落選作「椿」について宮自身が「もやもやした青春の気持」を「幽閉された二人の王女のような姉妹」によって描きたかったと語っているように、内面的な感情や精神的な深遠さを表現しようとする意図が込められていた可能性があります。森鷗外が宮の芸術にかける純粋な魂に「天の与えた恩寵が宿っていた」と感じたことは、作品の持つ精神性や内的な響きを物語るものと言えるでしょう。

評価と影響

「歌」は、森鷗外という文学界の巨星にその才能を認められ、直接購入されたという点で、宮芳平の画業における極めて重要な位置を占めています。この作品は、単なる絵画としての価値だけでなく、文学者と美術家の交流を示す貴重な資料としても評価されており、文京区立森鷗外記念館の重要なコレクションの一つとなっています。

鷗外との出会いは、宮芳平のその後の人生と画業に大きな影響を与えました。彼は後に長野県諏訪に移り住み、美術教師として勤めながら、生涯にわたり市井の画家として制作を続けました。初期の幻想的な作風から、諏訪の自然や人々を見つめる中で、自然に内在する美を描く主観的な風景画へと画風を変化させていきましたが、鷗外との出会いによって得た自信と純粋な芸術への姿勢は、彼の創作活動の根底に流れ続けたと言えるでしょう。