岸田劉生 / Kishida Ryusei
「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展で紹介される、岸田劉生による油彩画《画家の妻》は、1915年に制作された作品です。本作品は、公益財団法人大原芸術財団 大原美術館に所蔵されています。
この作品は、画家・岸田劉生の芸術的な転換期を示すものとして位置づけられます。劉生は初期にポスト印象派、特にポール・セザンヌの影響を受けていましたが、1915年頃にはヨーロッパのルネサンス、特にアルブレヒト・デューラーに代表される北方ルネサンスの厳格な細密描写へと傾倒していきました。この時期、劉生は対象の「実在の神秘」や「内なる美」を写実的に追求することを制作意図としていました。
素材には油彩が用いられ、カンヴァスに描かれています。技法面では、デューラーの影響を受けた細密描写が顕著に見られます。モデルは劉生の妻である岸田蓁(きしだ しげる)で、当時24歳であった蓁を、西洋的な技法に傾倒していた劉生が骨格をはっきりと表現して描いたため、40代の中年女性のように見えるという指摘もあります。作品の背景に配された臙脂色や、画面上部のアーチ型の縁飾り、左下に記された「PORTRAIT OF SHIGERU」の文字、そして「R.KISHIDA」の文字が入った紋章は、中世ヨーロッパの宗教画を思わせる厳粛な雰囲気を醸し出しています。
作品の意味合いとしては、単なる肖像画に留まらず、対象の持つ内面性や本質を深く掘り下げようとする劉生の探求が読み取れます。妻・蓁は焦点の定まらない下目遣いで胸に左手を置き、祈るようなポーズを取らされています。劉生はこれ以前にも同様のポーズで「画家の妻」を数点制作しており、妻の肖像画を通じて「写実」の深化を図っていたことがうかがえます。
《画家の妻》は、岸田劉生の画業において、写実主義への回帰と北方ルネサンス様式の影響を強く示した重要な作品であり、その後の代表作となる娘・麗子を描いた「麗子像」シリーズへと繋がる肖像画制作の出発点の一つとして評価されています。本作品が所蔵されている大原美術館は、日本の近代美術史において欠かせない劉生の重要な作品群をコレクションしています。