中村彝 / Nakamura Tsune
本作品は、1923年に洋画家・中村彝によって制作された油彩・カンヴァスの自画像です。現在、公益財団法人大原芸術財団大原美術館に所蔵されています。中村彝の代表作の一つとして知られ、彼の短い生涯における死生観と芸術的境地が凝縮された作品として高く評価されています。
中村彝は、明治から大正にかけて活躍した洋画家であり、37歳という若さで結核によりその生涯を終えました。幼少期に両親や兄姉を次々と亡くし、自身も結核を患うなど、孤独と病苦に満ちた人生を送りました。この作品が制作された1923年は、彼が亡くなるわずか1年前であり、病状が悪化する中で描かれたものです。
この時期、中村彝は発熱や喀血が続く過酷な状況にありました。そのような中で描かれた《頭蓋骨を持てる自画像》は、自身の死を真正面から見据え、その運命を受け入れようとする画家の内面が色濃く反映されています。画面に描かれた頭蓋骨は、古来より死や死すべき運命の象徴であり、中村自身が迫りくる死を意識していたことを示唆しています。しかし、作品からは単なる悲しみや恐れだけでなく、死を達観し、静かに運命と向き合う画家の精神性が伝わってきます。
作品は油彩・カンヴァスで描かれ、中村彝の成熟した技法が随所に見られます。彼の作品には、レンブラントやルノワールといった西洋の巨匠たちの影響が指摘されており、この自画像においても、光線の表現や人物の内面を描き出す筆致にその研鑽の跡が見て取れます。特に、病によって頬がこけた自身の姿を克明に描写しつつも、単なる写実にとどまらない深い精神性を表現しています。
《頭蓋骨を持てる自画像》は、中村彝の死生観を象徴する作品です。彼は、死を目前にしながらも、ただ悲嘆にくれるのではなく、むしろその運命を受け入れ、静かに自らの存在と向き合っています。 頭蓋骨を手に静かに座す姿は、メメント・モリ(死を思え)の思想を想起させるとともに、死を通して生の意味を問い直すかのような深い哲学性を湛えています。疲弊した肉体の中にあっても、気力で絵筆を握り続けた画家の執念と、芸術への純粋な情熱が伝わる作品と言えるでしょう。
この作品は、中村彝の全生涯と人間の全人生を向こうに置き、その意味を真に言い尽くすことは難しいと評されるほど、彼の芸術の中核をなすものとして高く評価されています。 彼の作品は、「個性の時代」と謳われた大正期の洋画壇において大きな足跡を残し、その芸術に対する評価は早くから確立していました。
中村彝の作品は、彼が支援を受けた新宿の中村屋サロンに集った芸術家たちにも影響を与えました。また、現在も多くの人々に強い印象を与え続けており、例えばSOMPO美術館で開催された「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展でも紹介されるなど、その重要性は現代においても再認識されています。 没後100年を記念した回顧展でも展示されるなど、日本近代美術史において重要な位置を占める作品として、その価値は揺るぎないものとなっています。