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盲目のエロシェンコ / Portrait of Vasily Eroshenko

鶴田吾郎 / Tsuruta Goro

「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展にて紹介される鶴田吾郎の油彩作品『盲目のエロシェンコ』は、1920年に制作された近代日本美術史における重要な肖像画です。この作品は、大正時代の新宿に花開いた芸術サロン「中村屋サロン」を象徴する一枚として、その背景、技法、そして内包する意味において特筆すべき存在となっています。

制作背景と経緯

本作は、画家・鶴田吾郎が1920年(大正9年)に日本へ帰国した直後の9月、盲目のロシア人詩人ヴァシリー・エロシェンコを目白駅で偶然見かけ、その気品ある佇まいに感銘を受けてモデルを依頼したことに始まります。当時、アトリエを持たなかった鶴田吾郎は、親友である中村彝にこの話を持ちかけました。中村彝もまたエロシェンコの肖像画制作を熱望したため、二人は中村彝の下落合のアトリエでイーゼルを並べ、約8日間にわたり競作する形で作品を制作しました。

モデルとなったヴァシリー・エロシェンコは、1914年に来日したエスペランティストの詩人であり、後に社会主義思想への傾倒により国外追放となる人物です。彼は中村屋の創業者である相馬愛蔵・黒光夫妻によって支援され、中村屋サロンに集う多くの文化人・芸術家と交流していました。中村屋サロンは、明治末期から大正期にかけて、荻原守衛、中村彝といった若き芸術家たちが集い、互いに切磋琢磨する場として、日本近代美術の発展に大きな役割を果たしました。

技法と素材

作品は油彩・カンヴァスで描かれ、1920年の大正時代の洋画における写実表現の一つの到達点を示しています。鶴田吾郎の『盲目のエロシェンコ』は、同じく中村彝が描いた『エロシェンコ氏の像』と比較されることが多く、両者の間に明確な作風の違いが見られます。中村彝の作品がルノワールを思わせる柔らかな筆致で、黄褐色系の少ない色数で描かれているのに対し、鶴田吾郎の描くエロシェンコは「厳しく野性的」と評される力強い表現が特徴です。また、鶴田吾郎の作品は中村彝の作品よりもサイズが大きく、構図や背景の描写においても細かな差異が認められます。

作品の意味

この作品は、単なる肖像画に留まらず、モデルであるヴァシリー・エロシェンコの多面的な人間性と、彼を取り巻いた時代精神を映し出しています。エロシェンコは、幼少期の失明という経験から、迷信に怒り、科学を希求し、権威に反発し、人を肌の色ではなく人間性で判断する心を育んだ人物でした。鶴田吾郎が捉えた「厳しく野性的」な表情は、彼の内面に秘められた強い意志や、抑圧された時代における自由への希求、あるいは旅する詩人としての孤独な境涯を象徴していると考えられます。

評価と影響

鶴田吾郎の『盲目のエロシェンコ』と中村彝の『エロシェンコ氏の像』の競作は、同じモデルを異なる画家が同時に描いた稀有な事例として、近代日本美術史において特別な位置を占めています。これら二つの作品が並んで展示される機会は貴重であり、「二つのエロシェンコ」として、大正期洋画の重要な一場面を物語るものとして高く評価されています。中村彝の作品が国の重要文化財に指定されていることからも、この時期のエロシェンコを巡る芸術的交流の深さと、それがもたらした作品群の歴史的価値がうかがえます。鶴田吾郎の『盲目のエロシェンコ』もまた、中村屋に所蔵され、重要な展覧会で度々紹介されることで、日本近代美術における鶴田吾郎の功績と、中村屋サロンの芸術的熱量を現代に伝えています。