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職工 / Workman

里見勝蔵 / Satomi Katsuzo

里見勝蔵《職工》に見る、大正初期の洋画家のまなざし

「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展にて紹介される里見勝蔵の油彩画《職工》は、日本の近代美術史において重要な位置を占める作品です。本作品は、里見勝蔵が東京美術学校在学中の1917年(大正6年)に制作され、同年の第4回二科展で初入選を果たしました。

制作背景と経緯

里見勝蔵は1895年に京都で生まれ、1914年に東京美術学校西洋画科に入学しました。彼が《職工》を制作した1917年は、学業に励む中で自身の表現を模索していた時期にあたります。この作品が主要な公募展である二科展に受け入れられたことは、当時の画壇が彼の才能を認め、画家としてのキャリアの重要な出発点となったことを示しています。この後、里見は1921年に渡仏し、モーリス・ドニに学び、ヴラマンクと出会い、その影響を強く受けてフォーヴィスムを体得することになります。そのため、《職工》は、彼が後の「日本的フォーヴ」と称される画風を確立する以前の、初期の制作態度を示す貴重な作品と言えます。

技法と素材

作品は油彩・カンヴァスで描かれています。具体的な筆致や色彩表現に関する詳細な記述は、この作品単体では限られますが、里見勝蔵の画業全体を通して見られる特徴として、ヴラマンク譲りの奔放な筆致や明暗の強い対比が挙げられます。また、後の作品では、固有色を無視した色彩対比や主情的な歪形、キュビスム風の形態志向も見られるようになります。これらの要素が《職工》制作当時、どのような形で表れていたかは、彼の初期の探求を示す重要な手がかりとなります。

作品の意味

作品名である「職工」は、当時の日本の社会状況、特に近代化の進展に伴う労働者階級の存在を強く意識したテーマを示唆しています。この時期の日本では、産業の発展と共に都市部に多くの労働者が集まり、彼らの生活や労働の姿は、芸術家たちの関心の対象となることがありました。里見が描いた職工の姿は、単なる記録ではなく、激動する時代の中で生きる人々の息遣いを捉えようとした、画家の社会へのまなざしを映し出していると考えられます。

評価と影響

《職工》は、里見勝蔵のデビュー作の一つとして第4回二科展に入選し、その後の彼の画業において重要な足跡を残しました。里見勝蔵自身は、大正から昭和にかけて日本の美術界にフォーヴィスムを紹介し、その奔放な色彩と筆致で「日本的フォーヴ」の運動を主導し、当時の画壇に大きな影響を与えた画家として評価されています。《職工》は、そのような里見の芸術活動の初期段階における代表作として、後の展開を予見させる意味合いを持つ作品であると言えるでしょう。