中村彝 / Nakamura Tsune
中村彝《牛乳瓶のある静物》作品解説
本作品は、近代日本を代表する洋画家、中村彝(なかむら つね)が1912年頃に制作した油彩・カンヴァスの静物画、「牛乳瓶のある静物」です。株式会社中村屋が所蔵しています。
制作背景と経緯 中村彝は、明治末期から大正期にかけて活躍した画家で、結核という持病を抱えながらも精力的に制作活動を行いました。本作が描かれた1912年頃、中村は新宿中村屋の創業者である相馬愛蔵・黒光夫妻の厚意により、中村屋の裏にあったアトリエに居を構え、制作に励んでいました。このアトリエは、荻原守衛をはじめ多くの芸術家や文化人が集う「中村屋サロン」の中心的な場所となり、中村彝もその主要人物の一人でした。この時期は、彼の画業において「中村屋裏のアトリエ時代」と呼ばれ、西洋美術の摂取に努めていた時期にあたります。特に静物画においては、ポール・セザンヌの研究を深めていたことが知られています。また、この頃から彼の肺患が進行し、喀血が始まったと記録されています。
技法と素材 本作は油彩絵具とカンヴァスを用いて描かれており、中村彝がこの時期に習得していた洋画の技法が用いられています。セザンヌの影響が見られるこの時期の静物画では、対象の形態を深く追求し、色彩と構成によって画面に安定感と奥行きをもたらす技法が試みられました。1912年頃の彼の作品は、印象派を想起させる光の表現と、力強い画風を特徴としています。
作品の意味 「牛乳瓶のある静物」は、日常にありふれた牛乳瓶を主題とすることで、画家の身近な生活と芸術への眼差しをうかがわせます。セザンヌ研究を通じて確立された形態把握と構成への意識は、単純なモチーフの中にも普遍的な美を見出すという、静物画が持つ本質的な意味を問いかけています。病と闘いながら制作に没頭していた中村にとって、アトリエの静寂の中で描かれる静物画は、内省的な精神世界を表現する手段でもあったと解釈できます。
評価と影響 中村彝は、37歳という短い生涯ながらも日本近代美術史に偉大な足跡を残し、その作品は高い評価を受けています。本作「牛乳瓶のある静物」は、中村屋との深い縁を示す作品の一つとして、同社のコレクションに収蔵されています。これまでにも「中村彝生誕130年記念 芸術家たちの絆展」(2017年)や、約半世紀ぶりに公開された他の静物画とともに展示されるなど、中村彝の重要な作品として認識されています。現在開催中の「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」展でも展示されており、彼の画業における重要な位置づけが改めて示されています。この作品は、画家がセザンヌの画風を研究し、自身の様式を確立しようとしていた時期の到達点を示すものとして、後世の画家たちにも影響を与えました。