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鳩の庭

上村松篁

上村松篁の日本画「鳩の庭」:花鳥画の革新が息づく静謐な世界

上村松篁(うえむら しょうこう)による日本画「鳩の庭」は、1962年に第26回新制作協会展で発表された、彩色・紙、133.0 × 203.5 cmの作品です。この作品は、花鳥画の近代化に生涯を捧げた上村松篁の芸術的探求と、その深い自然観が凝縮された一例として注目されます。

制作の背景と意図

上村松篁は、近代美人画の大家である上村松園の長男として生まれましたが、母とは異なる花鳥画の道を追求しました。彼は「鳥の生活を理解しなければ、鳥は描けない」という信念のもと、徹底した写生にこだわり、インドやオーストラリア、東南アジアへの写生旅行に出かけ、また自宅に1,000羽を超える鳥を飼う大鳥小屋「唳禽荘」を設けてその生態を観察し続けました。

戦後、松篁は日本画の革新を目指し、1948年に「創造美術」を結成しました。この団体は後に新制作協会日本画部と合流し、官展に依らない自由で新しい日本画の創造を標榜しました。このような革新的な活動の中で、「鳩の庭」は発表され、従来の伝統的な花鳥画に近代的な構成と独自の叙情性を融合させようとする彼の意図が反映されています。松篁の作品は、単に日常の風景を再現するのではなく、画家自身の心の中に創り出された「美しい世界」を描くことを目指しており、その画面には具体的な描写にとどまらない「象徴空間」(余白)が巧みに用いられ、気配や空気、あるいは目に映らない実在や真理、精神といったものを内包しています。

技法と素材

「鳩の庭」は彩色・紙という日本画の伝統的な素材と技法を用いて制作されています。松篁は、繊細な筆致と胡粉(ごふん)などの岩絵具を駆使し、対象の生命感を表現しました。例えば、彼の鳥の描写においては、胡粉と水を巧みに操る二本の筆を用いた日本画独特の「ぼかし」の技法が用いられ、淡い濃淡によって張り詰めた空気の中に息づく命の温かさが伝わるような表現を追求しました。この作品においても、鳩の羽毛の質感や動き、そして庭の植物の細部に至るまで、徹底した観察に基づく緻密な描写が見て取れます。背景に至るまで丁寧に描き込まれた構図と、鳥の動きを精緻に表現する技法は、彼の花鳥画の大きな魅力と特徴です。

作品の持つ意味

「鳩の庭」に描かれた鳩は、平和や豊穣の象徴とされることが多く、また「庭」という空間は、外界と隔絶された静かで穏やかな世界を暗示します。松篁の作品全体に共通する「生き物への深い愛情と自然への敬意」は、この作品においても中心的な意味合いを持つでしょう。哲学者の梅原猛は、上村松篁の花鳥画を「鳥の世界に移された一種の美人画」と評し、その根底には幼少期からの「人間嫌い」があったと考察しています。この見方からすると、「鳩の庭」は、人間社会の喧騒から離れた、純粋で静謐な生命の営みへの画家の深い憧憬と理想が投影された作品であるとも解釈できます。

評価と影響

上村松篁は、日本画壇において花鳥画の第一人者として高く評価されており、その作品は現代美術市場でも高い価値が認められています。彼は母である上村松園に続いて文化勲章を受章し、史上初の母子二代での文化勲章受章者となりました。

「鳩の庭」が発表された新制作協会展は、既存の官展制度に疑問を呈し、自由な芸術表現を追求する場でした。この展覧会で発表されたことは、松篁が伝統的な写生を基盤としながらも、近代的な感覚を取り入れた新しい花鳥画の表現を確立しようとする姿勢を示しています。彼の作品は「特殊な上品さと安定感のある、緑基調などの美しい平面の背景の中に、目の前に、とっとっとっとっ と、餌でも貰いに来たかのような、いい顔の鳥が登場する」と評されるように、見る者に静かな感動と安らぎを与え、多くの人々に愛され続けています。