オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

高山辰雄

国立劇場の名品展にて紹介される高山辰雄の作品「晝」は、1960年に第3回新日展に出品された日本画である。縦横173.0cmの正方形の画面に、彩色で描かれた紙本作品として制作された。

制作背景・経緯・意図 高山辰雄(1912-2007)は、戦後の日本画壇を代表する画家の一人である。1960年代は、高山が独自の幻想的な画風を確立し、精力的に作品を発表していた時期にあたる。彼は1946年頃にゴーギャンの伝記を読み感銘を受け、その後の作風に影響が見られるようになったとされている。初期には鮮やかな色彩と簡略化された色面構成の作品を手がけたが、1950年代半ばからは内面性を強く感じさせる心象的な風景画へと移行していった.

高山は、単に目に見えるものを写実的に描くのではなく、自身が「どのように見えたか」という感覚や、空気の肌触り、体感して得られる空気の感覚を画面に込めることを重視した. また、何を描くか以上に「何を描かないか」が重要な画家であるとも評され、余分な要素を排除し、残されたパターンや要素で構成する独自の画面を作り上げた. 「晝」が制作された1960年という年は、前年(1959年)に第2回新日展に出品された「白翳」が日本芸術院賞を受賞するなど、高山の芸術が社会的に高く評価され始めた時期と重なる. この頃の彼は、人間、道、空といったモチーフを通して、人生、生命、愛情を幻想的で深い色彩で表現することを探求していた. 「晝」という作品も、こうした高山の探求の延長線上にあると考えられる。

技法と素材 本作品は「彩色・紙」とされており、日本の伝統的な絵画材料である顔料と膠を用いて紙に描かれた日本画である。高山は日本画を描きながらも、油彩のように絵具を重ね塗りすることで作品に奥行きを持たせる技法を用いたと評されており、近代日本画に新たな表現をもたらした. その画面には、細かな点描なども用いられ、光の微妙な感触や、作品からにじみ出る「空気」のような感覚が表現されている.

意味 作品名である「晝」は「昼」を意味する。高山辰雄の作品には、具体的な事物を描きながらも、人生の生々流転や人間の生と死といった根源的なテーマ、あるいは自身の内面を象徴的に表現する傾向が見られる. 「晝」という普遍的な時間や光の概念を題材とすることで、鑑賞者に自然の秩序や人の一生、あるいは高山が捉えた昼の時間における心象風景や生命のありようを深く考察させる意図が込められていると推測される。高山自身は、作品の「絵解き」につながるような具体的な解説を控えることもあり、鑑賞者が作品と対話し、それぞれの記憶や感覚をたぐり寄せながら意味を読み解くことを促した.

評価と影響 「晝」は1960年の第3回新日展に出品された。第3回新日展は当時の主要な公募展であり、この展覧会に出品されたこと自体が高山の画家としての活動が活発であったことを示している。高山辰雄は、同時期の「白翳」が日本芸術院賞(1960年)を、後の「穹」(1964年、第7回新日展出品)が芸術選奨文部大臣賞(1965年)を受賞するなど、この頃から日本画壇での地位を確かなものにしていった. また、杉山寧、東山魁夷とともに「日展三山」と称され、戦後の日本画を牽引する存在として高い評価と影響力を持ち続けた. 「晝」個別の詳細な評価や影響に関する具体的な記録は確認できないものの、この作品もまた、高山が確立した独自の幻想的な画風の一端を示すものとして、その芸術的足跡を理解する上で重要な位置を占める。高山の作品は、重厚ながらも静謐な画面の中に人間の内面性を深く描き出すことで、多くの人々を魅了し、現代日本画に大きな影響を与えた.