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麻田辨自

麻田辨自「沼」に見る戦後日本画の風景表現

国立劇場が収蔵する名品の一つ、麻田辨自の日本画「沼」は、1960年に制作された彩色・紙による作品で、縦166.7cm、横151.6cmの堂々たるスケールを誇ります。この作品は、平塚市美術館で開催される「国立劇場の名品展—鏑木清方、小倉遊亀、東山魁夷、髙山辰雄、加山又造…」にて紹介されます。国立劇場は、日本の伝統芸能の保存と振興を目的として1966年に設立され、その空間を彩るために当時の日本画壇を代表する作家たちの作品が集められました。本展では、国立劇場の再整備に伴う閉場期間中に平塚市美術館が預かることとなった作品群が一堂に展示されており、麻田辨自の「沼」もその重要な一点として鑑賞の機会を提供します。

制作背景と芸術的意図

麻田辨自(1900-1984)は、京都府に生まれた日本画家であり、西村五雲に師事し、京都市立絵画専門学校で日本画を学びました。戦前は師の五雲に倣った写実的な花鳥画で知られましたが、戦後になると風景画に新境地を開き、自身の個性が強く表れた世界観を確立しました。 「沼」が制作された1960年代は、麻田辨自が戦後の日本画壇において風景画家としての評価を不動のものとした時期に当たります。この時期の麻田は、日展(日本美術展覧会)を中心に活躍し、「樹蔭」(1950年)や「群棲」(1952年)で特選を、さらに「風霜」(1959年)で文部大臣賞を受賞するなど、数々の栄誉に輝いています。 「沼」は、1961年に開催された第4回新日展に出品されており、彼の旺盛な創作活動の中で描かれた作品です。 戦後の日本画は、西洋絵画の技法を参照したり、東洋古典を再解釈したりするなど、現実社会と伝統的な表現の間に新たな方向性を模索する時代を迎えていました。 麻田辨自も、写実表現を基盤としつつも、構図や色彩、筆致において独自の表現を追求しました。彼の作品は、確かな構図と色使いの中に、優しい筆致が印象的であると評されています。 「沼」もまた、こうした麻田の風景画における新たな探求の一環として制作されたと考えられます。

技法と素材

「沼」は「彩色・紙」を素材としています。日本画の伝統的な技法に則り、顔料と膠(にかわ)を混ぜて紙に彩色する手法が用いられています。麻田辨自は幅広い題材を手がけましたが、特に風景画においては、自然の情景を独自の視点と表現で描き出しました。166.7×151.6cmという大画面は、沼の広がりや奥深さを表現するために効果的に用いられ、鑑賞者を作品の世界へと引き込む力強さを持っています。

作品の持つ意味

「沼」という作品名から、水辺の風景が主題となっていることがうかがえます。沼は、静謐さ、神秘性、あるいは生命の循環といった多様なイメージを想起させるモチーフです。麻田辨自の風景画は、単なる写実にとどまらず、画家の内面的な世界観や自然への深い洞察が投影されています。彼の作品に見られる「個性の強い世界観」 や「優しい筆遣い」 は、「沼」においても、水面に映る光や植物の息吹、あるいはそこに広がる静かな空気感を通じて表現されていることでしょう。戦後に風景画の新境地を開いた麻田にとって、沼は自然の奥深さや移ろいゆく時の流れを象徴する、格好の題材であったと考えられます。

評価と影響

麻田辨自は、日展評議員や晨鳥社顧問を歴任するなど、戦後の日本画壇において重要な役割を担いました。 その功績は広く認められ、1974年には京都市文化功労者、翌年には京都府美術功労者に認定されています。 「沼」は、国立劇場が日本の主要な日本画家から選定し、そのコレクションに加えた作品の一つであり、麻田辨自の芸術性が高く評価されていたことを示しています。本作品が、彼の風景画における新しい表現の探求を示す一例として、後世の画家たちや鑑賞者に与えた影響は大きいと考えられます。この「国立劇場の名品展」を通じて、麻田辨自の「沼」は、その美しさとともに、戦後日本画の多様な展開を示す貴重な作品として再評価される機会となるでしょう。