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花と銀鶏

児玉希望

児玉希望の作品「花と銀鶏」は、1950年に開催された第6回日展に出品された日本画である。絹本彩色、145.0 × 121.0 cmの本作は、日本の伝統的な絵画技法と児玉希望独自の探求心が見られる一例である。

児玉希望は1898年に広島県に生まれ、尾竹竹坡の門下を経て、1918年には川合玉堂に師事した日本画家である。彼は生涯にわたり、風景画、花鳥画、人物画、さらには洋画的表現、抽象画、仏画など、幅広い画風に挑戦し続けたことで知られている。その非凡な才能と絶え間ない探求心は、初期の緻密な写実表現から晩年の革新的なスタイルに至るまで、その作品群に明確に表れている。特に戦後は、西洋近代絵画の学びを取り入れ、色彩表現を意識した力強い日本画の確立に注力した。

「花と銀鶏」が制作された1950年は、児玉希望が伊東深水らとともに日月社を結成し、私塾系の作家の育成にも尽力していた時期にあたる。この時期、彼は風景画に加えて花鳥画にも力を入れ、実際に軍鶏やキツネなどを飼育したり、動物園での写生を徹底したりすることで、力強い作品を数多く生み出している。このことから、「花と銀鶏」においても、銀鶏の描写には徹底した写生に基づく生命感が込められていると推測される。

本作は「彩色・絹」という日本の伝統的な絵画技法で描かれている。絹は絵の具の発色を柔らかくし、作品に奥行きを与える素材である。児玉希望は岩絵具を幾重にも重ねることで、油絵のような質感を生み出すこともあった。また、他の花鳥画作品の制作過程の分析からは、「たらし込み」と呼ばれる技法や金泥が用いられていることが確認されており、本作においても同様の伝統的かつ精緻な技法が駆使されている可能性が高い。

「花と銀鶏」は、花鳥画というジャンルに属する。日本の花鳥画は古くから自然の美しさや生命の尊厳、季節の移ろいを表現する主題として描かれてきた。銀鶏は、その雄が持つ白と赤の鮮やかな羽毛と長い尾羽が特徴的な鳥であり、作品中ではその優美さと力強さが表現されていると考えられる。花と銀鶏の組み合わせは、自然界の調和や生命の息吹、あるいは吉祥の意味合いを持つものとして鑑賞される。

「花と銀鶏」は第6回日展という公募展に出品された。児玉希望は帝展、文展、日展といった官展において審査員や評議員、常務理事を歴任するなど、戦前から戦後にかけて日本画壇の中心的な役割を担ってきた。彼の作品は常に高い評価を受け、1952年の第8回日展出品作「室内」は日本芸術院賞を受賞している。このことからも、「花と銀鶏」が発表された当時、児玉希望が日本画壇において確固たる地位を築いており、彼の作品が美術界に大きな影響を与えていたことがうかがえる。本作は、変遷を遂げる児玉希望の画業において、写生に基づく確かな描写力と、花鳥画への深い洞察を示す重要な作品の一つである。