東山魁夷
東山魁夷の作品《雪原譜》は、1963年に制作された日本画であり、同年の第6回日展に出品されました。この作品は、縦157.0センチメートル、横213.0センチメートルという大画面に、彩色・紙という日本画の伝統的な技法と素材を用いて描かれています。
東山魁夷は、戦後、一貫して日本の自然風景を主題とした作品を描き続け、日本の風景画の第一人者としての地位を確立しました。彼の作品は、深い精神性と静謐な美しさを特徴とし、特に深い思索を経て描かれる風景は「心の風景」と称されます。本作《雪原譜》が制作された1963年は、東山が北欧への写生旅行を行った翌年にあたり、彼の創作活動において、雪景色や森の風景への関心が深まっていた時期と重なります。作品は、夜半に降り積もった雪が止み、静寂に包まれた朝の情景を描き出しており、清澄な空気感と神秘的な世界観が表現されています。この時期の東山は、自然の中に普遍的な美を見出し、それを自身の内面を通して昇華させることを創作の根幹に置いていました。
《雪原譜》は、日本画の伝統的な素材である紙に岩絵具や水干絵具などの日本画材を用いて彩色されています。東山魁夷は、自然の色彩を独自の解釈で再構築し、特に青や緑を基調とした静かで深みのある色調を得意としました。この作品においても、雪に覆われた情景を単なる白ではなく、光の移ろいや空気の奥行きを感じさせる複雑な色彩で表現しています。雪の質感や木の枝一本一本に至るまで、繊細かつ緻密な筆致で描かれ、画面全体から静寂が響き渡るような空間が創出されています。
作品名にある「譜」という言葉は、楽譜や調べを意味し、雪に覆われた広大な風景が奏でる静かなる調べや、自然の織りなす神秘的な秩序を示唆しています。作品には人物の姿はなく、見る者はただ広がる雪原と森、そしてそれらを包み込む静寂に対峙します。これは、自然の中に身を置くことで得られる深い瞑想や、日常を超えた崇高な精神性を表現していると解釈できます。東山魁夷は、風景を通して鑑賞者の心に語りかけ、内省を促すことを意図していたと考えられます。
《雪原譜》は、1963年の第6回日展に出品され、東山魁夷の代表作の一つとして高い評価を受けました。国立劇場の開場にあたり、経済団体連合会から「わが国現代画壇の最高峰に立つ秀れた作家の手に成る日本画」の一つとして寄贈され、現在も国立劇場のロビーに常設展示されています。この事実は、本作が発表当時から日本の画壇における傑作として認められ、広く一般に親しまれるべき作品であると評価されていたことを示しています。東山魁夷の作品群の中でも、特に彼の得意とした雪の風景画の優れた例として位置づけられ、後世の日本画壇にも多大な影響を与え続けています。