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紅嶽秀耀

奥田元宋

奥田元宋《紅嶽秀耀》に見る、深遠なる自然美の追求

国立劇場が開催する「国立劇場の名品展」にて、日本画家・奥田元宋の代表作の一つ《紅嶽秀耀》が展示されます。1988年に制作されたこの作品は、絹本彩色という伝統的な技法で描かれ、縦736.0センチメートル、横63.0センチメートルという荘厳なスケールで、奥田元宋が晩年に至るまで追求し続けた深遠な風景画の世界を雄弁に物語っています。

制作背景と奥田元宋の画業

奥田元宋(1912-2003年)は、広島県に生まれ、はじめ花鳥画や人物画を手がけました。しかし、第二次世界大戦中に故郷へ疎開したことを契機に、故郷の自然に没頭し、風景画へと画風を転換しました。この転換期を経て、彼は独自の幽玄な風景画の境地を切り拓き、戦後の日本画壇を牽引する存在となりました。彼は文学にも造詣が深く、1981年には宮中歌会始の召人に選ばれるなど、多才な芸術家でした。

《紅嶽秀耀》は、奥田元宋が円熟期を迎えた1988年に制作されました。この時期の奥田は、特に「元宋の赤」と称される鮮烈な赤を基調とした風景画を多く手掛けており、本作もその系譜に連なるものと考えられます。彼の作品は、単なる写実を超え、自然との対話を通じて心象風景を描き出すことに主眼が置かれました。

技法と素材:「元宋の赤」が織りなす幽玄の世界

本作は「彩色・絹」という日本画の伝統的な技法で制作されています。絹という繊細な素材に、奥田元宋は岩絵具などの顔料を用いて彩色を施しました。彼の作品の最大の特徴は、何種類もの異なる赤色を幾重にも重ね合わせることで生み出される、奥行きのある「元宋の赤」にあります。この赤は、単なる色彩ではなく、光や生命、そして画家の精神性を表現するものであり、観る者に深い感動を与えます。

奥田元宋が確立したこの赤を主調とする雄大な風景画は、「新朦朧体」と評されることもありました。これは、水墨画のような静謐な世界に、西洋絵画のような色彩の豊かさや立体感を融合させた表現であり、戦後の日本人の心に響く、精神性の高い風景画として高く評価されました。

作品が持つ意味:輝く秋の山の精神性

作品名にある「紅嶽秀耀」は、「紅く輝く秀麗な山々」を意味すると考えられます。奥田元宋は、故郷の自然や日本各地の山々を写生し、その壮大な印象を心象風景として作品に昇華させました。彼の風景画は、自然の雄大さや神秘性、そしてそこに内在する精神性を表現することを目指していました。

この作品においても、鮮やかな赤で描かれた山々は、単なる景観としてではなく、見る者の心に訴えかけるような力強い生命力と、どこか神聖な気配をまとっています。晩年の奥田が追求した、自然の深奥に宿る「幽玄」の美意識が、この《紅嶽秀耀》にも深く息づいていると言えるでしょう。

評価と影響:日本画壇における確固たる地位

奥田元宋は、その独自の画風によって戦後の日本画壇に確固たる地位を築き上げました。彼の作品は多くの人々に深い感動を与え、1984年には文化功労者に選ばれ、その後文化勲章を受章するなど、その功績は高く評価されています。彼の生み出した「元宋の赤」は、日本画における色彩表現の可能性を広げ、後進の画家たちにも大きな影響を与えました。

《紅嶽秀耀》もまた、奥田元宋の芸術的到達点を示す重要な作品の一つであり、その雄大なスケールと深遠な色彩は、観る者に日本画の新たな魅力を伝えることでしょう。