小野竹喬
国立劇場の名品展にて紹介される小野竹喬の作品「残照」は、1962年に制作された日本画で、彩色が施された紙本(89.0 × 138.5 cm)に描かれ、同年の第5回新日展に出品されました。
作者である小野竹喬(おの ちっきょう、1889-1979)は、岡山県笠岡市出身の日本画家で、75年にも及ぶ画業を通じて日本の自然の美しさを描き続けました。その画風は生涯で大きく変遷しましたが、一貫して四季の移ろいや夕暮れ時の茜空といった、さりげないながらも美しい風景を描き出すことに情熱を注ぎました。特に「残照」が制作された1960年代は、彼の画風が単純化された造形と明快な色彩へと昇華し、「カラリスト」と称される瑞々しい風景画を多く手掛けた時期にあたります。
竹喬は自然を前にしてすぐにスケッチに取り掛かるのではなく、対象の息づかいを感じ取るまでじっくりと見つめる制作姿勢でした。彼の作品には、生まれ育った瀬戸内の温暖な気候と、京都の洗練された芸術風土が強く反映されており、繊細な感性によって清澄な世界が表現されています。
「残照」は「彩色・紙」とあるように、紙を支持体として、顔料による彩色が施されています。小野竹喬は、日本画の伝統的な素材と技法を用いながらも、自身の探求を通して独自の表現を確立しました。彼の作品に見られる柔らかな線や穏やかな色彩は、見る者に平安な世界をもたらします。
具体的な技法としては、日本画の絵具を画面にしっかりと定着させつつ、絹糸の表面を洗い出すような手法や、和紙の繊維を絵画表面に見せるような手法も用いることが知られています。これにより、素材が持つ光沢感と絵具が一体となった、深みのある質感を生み出しました。
作品名である「残照」は、日が沈んだ後も空に残る光を意味します。小野竹喬は晩年の作品において、夕焼けの茜空を題材とすることが多く、時々刻々と変化する空や雲の様相を心温まる色彩で柔和に表現しました。彼の描く風景は、人間と自然が調和し一体となる精神性を深く描き込んでおり、見る人の心にそっと浸み込み、自然との一体感を促すような優しい美しさを特徴としています。この作品もまた、過ぎ去りし時間や自然の生命の余韻を感じさせる、詩情豊かな世界観を表していると考えられます。
「残照」は1962年の第5回新日展に出品されました。小野竹喬は、明治以降の日本画の近代化に大きく貢献した画家の一人であり、その画業は日本画近代化の歴史そのものと評されています。彼は「奥の細道句抄絵」連作など、多くの代表作を発表し、その尽きることのない創作意欲と清新な作品は、日本画の創造にかける変わらぬ熱意を示しました。1968年には文化功労者として顕彰され、1976年には文化勲章を受章するなど、その功績は高く評価されています。
小野竹喬の作品は、その清らかさ、柔らかさ、温かさといった素朴な魅力で多くの人々に愛され、日本の自然の美しさとともに長く語り継がれています。笠岡市立竹喬美術館には彼の作品が多数所蔵されており、常設展示されている竹喬作品は常に鑑賞者に高い評価を受けています。