御正伸
国立劇場で開催された「国立劇場の名品展—鏑木清方、小倉遊亀、東山魁夷、髙山辰雄、加山又造…」に出品された、御正伸の油彩画「太宰府抄」をご紹介します。
この作品は1974年に制作され、第26回三軌会展に出品された際、文部大臣奨励賞を受賞した評価の高い一点です。作品の寸法は180.5 × 226.0 cmで、油彩・キャンバスという技法と素材が用いられています。
作者である御正伸(みしょう しん、本名:御正禎伸)は、1914年に東京で生まれ、1981年に没した洋画家であり、挿絵画家としても名を馳せました。川端画学校や鈴木絵画研究所で学び、昭和22年には光風会展に洋画を出品、昭和32年には光風会会員となりました。また、新聞連載小説の挿絵を多数手掛け、特に柴田錬三郎の「剣は知っていた」や新田次郎の「新田義貞」などの時代小説で挿絵画家としての地位を確立し、1966年には講談社挿画賞を受賞するなど、挿絵画の第一人者として知られています。
御正は1971年に光風会を退会し、翌1972年に三軌会の会員となり、1977年からは三軌会代表を務めました。三軌会は1949年に創立された美術団体で、個性と自由な表現を尊重する制作方針を掲げ、毎年公募展「三軌展」を開催しています。
御正伸は幼少の頃から演劇に親しみ、特に古典舞踊や歌舞伎に深い関心を持っていました。この関心は彼の作品に色濃く反映されており、1953年頃からは本格的に歌舞伎を題材とした連作を手掛けるなど、その作品世界に影響を与えています。
「太宰府抄」という作品名から、福岡県にある歴史的・文化的意義深い太宰府に取材していることが示唆されます。太宰府は古くから九州の政治・文化の中心地であり、菅原道真ゆかりの地としても知られています。御正伸の古典への造詣や歴史小説の挿絵を手掛けてきた背景を鑑みると、この作品も太宰府が持つ歴史性や文化性に着想を得たものと推測されますが、具体的な制作意図や込められた意味については、詳細な解説は確認されておりません。
「太宰府抄」が第26回三軌会展で文部大臣奨励賞を受賞したことは、当時の美術界においてこの作品が高い評価を受けたことを明確に示しています。この賞は、作品の芸術的価値と画家としての御正伸の力量が広く認められた証と言えるでしょう。