鏑木清方
国立劇場で開催中の「国立劇場の名品展—鏑木清方、小倉遊亀、東山魁夷、髙山辰雄、加山又造…」より、鏑木清方作「野崎村」をご紹介いたします。
本作品は、1914年(大正3年)に制作され、同年開催された第2回国民美術協会展に出品されました。彩色・絹を主な素材とし、157.0 × 95.0 cmの寸法で描かれた絹本著色の作品です。
この作品の主題は、歌舞伎の演目「新版歌祭文(しんばんうたざいもん)」の一場面である「野崎村の段」に取材しています。物語は、恋する久松を追って野崎村にやってきた油屋の娘お染が、母親に諭され、大坂へ連れ戻されるために船着き場へと向かう悲劇的な瞬間を描いています。
鏑木清方は、幼少期を劇場が軒を連ねる芝居町で過ごすほどの大の芝居好きであり、歌舞伎や新派を題材とした作品を多く手掛けました。 彼は、華やかな衣裳や踊り、役者の表情といった舞台の一瞬の美しさを捉えることで、芝居の見どころを熟知する画家ならではの視点を示しました。清方にとって芝居は、最も楽しめる趣味であると同時に、魅力的な絵画の題材であったと言えます。
本作品に用いられている絹本著色という技法は、日本の伝統的な絵画において絹を支持体とし、岩絵具などの絵具で彩色を施すものです。清方は、師である水野年方から作画の基礎を学び、その後、浮世絵の研究に専心することで独自の画境を確立しました。 彼の作品は、細緻な筆の運びと、江戸前の粋を感じさせる絶妙な配色が特徴です。
「野崎村」は、悲恋の末に故郷を去るお染の心情、そして母親の複雑な感情が交錯する情景を描き出すことで、観る者に深い共感を呼び起こします。清方自身は、自身の芸術を「美人画家」や「浮世絵派」といった特定の流派で括られることに違和感を覚え、「強ひて名づけるのだつたら、主情派とでも呼んでくれたらいいだらう」と語っています。 彼は、身近な市井の人々の暮らしや東京の下町の情景の中に美を見出し、何かに触れた時の感情や心の動き、「情」を創作の出発点としました。 この作品もまた、登場人物の感情を深く掘り下げた、清方の主情派としての特質がよく表れた一例と言えるでしょう。
この「野崎村」は、清方の代表作の一つとして、その後の「清方美人画譜」にも鑑賞用や絵画学習の手本として原色版で収められるなど、高く評価されてきました。 現代においても、清方の大規模な回顧展では必ずと言っていいほど展示され、近代日本画壇における美人画、そして芝居絵の傑作としてその位置づけは揺るぎないものとなっています。