奥村土牛
奥村土牛の作品「文楽(去年の秋)」は、1980年に鉛筆、色鉛筆、紙という素材で制作されました。サイズは42.0 × 31.0 cmです。この作品は、国立劇場で開催された「国立劇場の名品展—鏑木清方、小倉遊亀、東山魁夷、髙山辰雄、加山又造…」にて紹介されています。
奥村土牛は、1889年に生まれ、101歳でその生涯を閉じるまで制作活動を続けた日本画家です。彼は「画聖」とも称されるほど、晩年になっても創作への情熱が衰えることはありませんでした。特に90歳を過ぎてからも「初心を忘れずに生きた絵が描きたい」と語り、富士などの多くの代表作を描いています。この「文楽(去年の秋)」も、彼が91歳の時に描かれた晩年の作品にあたります。
奥村土牛の作品の大きな特徴は、対象を照らす光や空気の変化を正確にとらえる写実的な描写力と、胡粉などを100回から200回も塗り重ねることで、微妙な色加減を表現する独自の技法にあります。また、幾度にもわたるスケッチを重ね、対象の姿を作品に落とし込む制作姿勢も彼の特徴です。彼は「たらし込み」という、絵具を垂らして滲みを出す技法や、厚みのある力強い構図を得意としました。日本画本来の、画面に余白を持たせながら対象を大掴みに捉え、風格や余情を醸し出す表現において、土牛は卓越した才能を発揮しました。
「文楽(去年の秋)」は鉛筆と色鉛筆を用いて紙に描かれていますが、このようなシンプルな画材においても、奥村土牛が長年培ってきた確かな描写力と、対象の内面を描き出す視点が活かされていると考えられます。彼は自然の風景を好んで描きましたが、文楽という日本の伝統芸能を主題とした作品からは、対象への深い洞察と愛情が感じられます。晩年の土牛の作品は、その力強さと奥深さが特徴とされており、この作品もまた、彼の円熟した芸術性を物語るものと言えるでしょう。
奥村土牛の作品は、彼が100歳を迎える頃にバブル景気と重なり、新作展や回顧展が数多く開催され、版画作品も多く普及したことで、広く人々に知られるようになりました。特に、富士山のような日本人に親しまれるモチーフは、当時の世相とも合致し、その評価を不動のものとしました。この「文楽(去年の秋)」も、彼の晩年の制作活動の中で、日本の文化に対する敬愛の念が込められた、示唆に富む作品であると位置づけられます。