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浅野竹二

浅野竹二作 木版画「猫」の紹介

この度、没後55年「藤田嗣治と猫展」において紹介される、浅野竹二の木版画「猫」は、1979年(昭和54年)に制作され、府中市美術館が所蔵する作品です。本作は、浅野竹二が追求した独自の版画表現、通称「自由版画」の一例として、彼の芸術観と技法が凝縮された作品と言えます。

制作背景・経緯・意図 浅野竹二(1900-1998/1999年)は、京都に生まれ、当初は日本画を学び、後に油絵も独学しましたが、30歳頃から木版画の制作に本格的に取り組み始めました。初期には、小林清親の「東京名所」に触発された「名所絵版画シリーズ」で知られ、各地の風景や行事を写実的に描きました。しかし、50歳を過ぎた頃から、自身の創作性を重視する「自由版画」へと制作の軸を移します。この転換は、自ら絵を描き、版を彫り、摺るという「自画、自刻、自摺り」の制作スタイルへのこだわりと、既存の画壇や制約に縛られない自由な表現への希求から生まれました。 特に、1960年にアメリカの画家ベン・シャーンが京都の浅野のアトリエを訪れ、彼の作品を高く評価したことは、浅野の独自の世界観をさらに深める大きなきっかけとなりました。シャーンは、浅野の作品に「自由な想像力と非常にモダンなフォルムの大胆さを繊細な手技の巧みさに結びつけている」と評しています。この出会い以降、浅野の作品には、幼児性ともとれるような単純さ、大胆さ、純粋さ、そして愉快さが一層強く現れるようになります。 本作「猫」が制作された1979年は、彼が自由版画の境地を確立し、旺盛に制作を行っていた時期にあたります。彼の作品は、人間だけでなく、動物たちを含めた「命のひとときの輝き」を愉快に、屈託のない喜びの笑い声として描くという、独自の人生哲学を背景に持っています。 猫を主題とした作品もこの哲学を体現しており、日常の中に宿る生命の愛おしさやユーモラスな側面を捉えようとする意図が込められていると考えられます。

技法や素材 浅野竹二の木版画は、彼が「自画、自刻、自摺り」にこだわり、版木のなかに柔らかく、穏やかで、春の日差しのような世界を作り出すという独自の技法で制作されました。 本作「猫」も、紙に木版で制作されており、伝統的な多色摺り(たしょくずり)の技術が用いられています。これにより、複数の色を重ね合わせることで、繊細な色彩表現と奥行きのある画面が実現されています。 使用される和紙は高品質なものが選ばれ、顔料も鮮やかな発色のものが用いられることで、作品の色彩が長期にわたって美しく保たれるよう工夫されています。 大胆にデフォルメされた形態と簡潔な線、そして鮮やかな色彩の組み合わせは、浅野の自由な精神と表現力を見事に示しています。

作品が持つ意味 浅野竹二の作品全体に共通するのは、明るくユーモラスでありながら、どこか哀愁が漂う作風です。 「猫」においても、この特徴が表れていると推測されます。彼の作品に描かれる動物たちは、人間中心の視点ではなく、あらゆる命の営みを慈しむ視点から捉えられています。猫という身近な存在を通して、生命の持つ純粋さ、無邪気さ、そして生きることの喜びや、時に潜む孤独や哀愁といった感情が表現されています。作品には、見る者に温もりと溌溂とした風刺の精神、そして童心と詩情を感じさせるユーモアがあふれています。 この作品もまた、「生きるとは楽しむことであり、それには自由でなければならない」という彼のメッセージを、猫の姿に重ねて語りかけていると言えるでしょう。

評価や影響 浅野竹二は、画壇から一線を画しながらも、その独自の世界観と表現力により、関西を中心に高い評価を受けてきました。 1981年には京都文化功労賞を受賞するなど、その功績は広く認められています。 彼の作品は、簡潔な線とデフォルメされた形態、鮮やかな色遣いによって独自の画風を確立し、現代の鑑賞者が見ても古さを感じさせず、多くの人から支持されています。 彼のヒューマニズムに満ちた木版画は、命あるもの全てへの深い愛情と、人間社会への温かい眼差しが込められており、鑑賞者に笑顔をもたらすと共に、人生の喜怒哀楽を深く問いかける影響を与え続けています。