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妻と赤い服

猪熊弦一郎

「没後55年 藤田嗣治と猫展」にて展示されております、猪熊弦一郎の油彩作品《妻と赤い服》をご紹介いたします。この作品は1950年(昭和25年)に制作され、現在は丸亀市猪熊弦一郎現代美術館に収蔵されています。

制作の背景と意図

本作《妻と赤い服》は、猪熊弦一郎の最愛の妻である文子夫人をモデルとして描かれました。1950年頃、猪熊は描かれる対象をありのままに写実的に捉えるのではなく、色彩や形のバランスを重視し、独自の工夫を凝らした画面構成を試みていました。この時期の猪熊は、「美」の表現を一貫して追求し、身近な自然や生活の中に美を発見し、その美しさの理由を探求し、新たな美の創造へと挑み続けていました。彼はまた、1950年には三越百貨店の包装紙「華ひらく」のデザインを手がけるなど、社会と芸術の接点においても多角的な活動を展開しています。

技法と素材

使用されている素材はキャンバスに油彩です。本作の色彩は非常に鮮やかで、特に文子夫人が身にまとった赤い服と、その背景に配された緑色のコントラストが印象的な効果を生み出しています。画面内には色鮮やかな「画中画」や複数のオブジェが配置されており、これらは猪熊が意図的に色と形のバランスを考慮して構成したことがうかがえます。床に寝そべる猫の姿は、頬杖をつき足を組む文子夫人と対をなすように描かれており、猪熊ならではのユーモアが感じられます。

作品が持つ意味

《妻と赤い服》は、単なる肖像画に留まらず、色彩と形態の調和によって独自の美の世界を構築しようとする猪熊の芸術的姿勢を示しています。作品に登場する猫は、夫人の傍らに配されることで、日常の一場面に遊び心と温かみをもたらしています。猪熊は「美はどこにでもある」と語り、心の窓を開くことで新たな美しさが見えるようになると述べており、本作もまた、身近な存在である妻と生活空間の中に美を見出し、それを絵画として昇華させた作品と言えるでしょう。

評価と影響

この作品は1950年に制作されており、猪熊弦一郎が1955年にニューヨークへ渡り、その後の20年間で具象画から抽象画へと作風を大きく変化させる以前の、円熟した具象表現を示す重要な作品群の一つと位置づけられます。現在は丸亀市猪熊弦一郎現代美術館に収蔵されており、彼の画業を語る上で欠かせない代表作として、多くの展覧会で紹介されています。猪熊の作品は、絵画のみならず、公共建築の壁画やグラフィックデザインなど多岐にわたり、戦後の日本美術界において多大な影響を与えました。本作もまた、彼の多様な創作活動の一側面を示すものとして評価されています。