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うららか

朝倉文夫

朝倉文夫作《うららか》:近代彫刻家が捉えた猫の詩情

この度ご紹介するのは、没後55年 藤田嗣治と猫展にて展示されている、近代彫刻の巨匠、朝倉文夫のブロンズ作品《うららか》です。H. N. コレクションに所蔵される本作は、朝倉文夫の深い猫への愛情と卓越した写実表現が息づく一品です。

制作背景・経緯・意図

朝倉文夫は、明治から昭和にかけて活躍し「東洋のロダン」と称された日本の彫塑家です。生涯にわたり400点以上もの作品を生み出し、日本の近代彫刻のアカデミズムを牽引しました。彼は徹底した自然主義的写実を追求し、その作品は対象の内面や生命感までをも捉えるリアリティに溢れています。

特に朝倉は、自他ともに認める無類の愛猫家として知られ、多い時には19匹もの猫を自宅で飼っていたとされます。彼は飼い猫たちをモデルに、生涯にわたって数多くの猫の彫刻作品を制作しました。 これらの猫作品は、彼が猫と生活を共にした記憶を日記のように造形化したものであり、猫の表情やポージング、サイズ感に至るまで、驚くほどのリアリティを宿しています。 晩年には、自身の彫刻家人生60周年と東京オリンピックの開催を記念し、100体もの猫の彫刻を集めた「猫百態展」の開催を企画していましたが、その実現を見ることなく81歳で逝去しました。 《うららか》もまた、こうした朝倉の猫への深い愛情と、一瞬の仕草をも見逃さない鋭い観察眼から生まれた作品の一つと考えられます。作品名が示す「うららか」という言葉は、明るく穏やかな様や、のどかな雰囲気を示唆し、猫が心から安らぎ、幸福感に満ちた瞬間を表現しようとした作者の意図がうかがえます。

技法と素材

本作はブロンズ製の彫刻であり、朝倉文夫が専門とした彫塑技法によって制作されました。彫塑は、まず粘土で原型を作り、次に石膏で型を取り、その型を用いてブロンズを流し込んで完成させるという、複雑な工程を経て制作されます。 この技法により、粘土で表現された繊細なディテールや質感、猫の柔らかな毛並みやしなやかな体の線が、金属であるブロンズによって永続的に固定されています。ブロンズ特有の重厚感と光沢は、猫の存在感を際立たせつつ、作品に静謐な美しさを与えています。

作品が持つ意味

《うららか》という作品名は、穏やかな陽光の下でくつろぐ猫の、満ち足りた情景を想起させます。朝倉文夫の猫作品は、単なる動物の再現に留まらず、猫の持つ生命力、無垢な愛らしさ、そして時に見せる神秘的な表情までをも捉えようとしました。彼は猫を撫でながら骨格や筋肉の付き方を確認していたと伝えられるほど、徹底した観察を行っていました。 本作も、猫の日常の一コマ、例えば陽だまりの中でまどろむ姿や、ゆったりと過ごす時間の中から、最も幸福で「うららか」な瞬間を切り取ったものと解釈できます。猫という身近な存在を通して、見る者に安らぎや癒しを与える普遍的なテーマが込められています。

評価と影響

朝倉文夫の彫刻は、その徹底した写実性によって高い評価を受け、日本の近代彫刻の礎を築きました。特に猫をモチーフとした作品群は、専門家だけでなく多くの猫愛好家からも絶大な人気を博しています。彼の猫たちは、ただ似ているだけでなく、その猫自身の個性や息遣いまでが感じられると評されます。 《うららか》もまた、朝倉文夫が猫と共有した温かい交流と、対象を深く見つめる芸術家の眼差しが結実した作品として、多くの人々に感動を与えています。藤田嗣治と並び、日本の美術史において「猫を描いた(作った)芸術家」として、朝倉文夫の存在は不可欠であり、彼の猫作品は後世の芸術家や愛好家たちに多大な影響を与え続けています。