オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

池部鈞

池部鈞《猫》:市井の情景を捉えた水彩画

本稿では、東京都現代美術館に所蔵される池部鈞の作品《猫》(1949年)について、その制作背景、技法、そして内包する意味合いに迫ります。この作品は「没後55年 藤田嗣治と猫展」で展示され、画家の鋭い観察眼と風刺の精神が息づく一点として注目を集めました。

制作背景と意図

池部鈞(1886-1969)は、明治から昭和にかけて活躍した日本の洋画家であり、風刺漫画家としても名を馳せました。東京美術学校(現東京藝術大学)で西洋画を学び、卒業後は新聞社で漫画の制作に携わるなど、多岐にわたる表現活動を行いました。彼の作品は、開国後の日本の歴史、風俗、そして市井の人々の日常生活をユニークな視点で捉え、表現することで知られています。

《猫》が制作された1949年(昭和24年)は、第二次世界大戦終結から間もない、日本が復興へと向かう激動の時代でした。池部鈞は、この時期に日展にも継続して出品しており、世相や人々の営みを題材とした作品を多く手掛けていました。本作の制作意図については具体的な記録は少ないものの、彼の「市井の人物や生活を対象に観察眼鋭く、端的に要約把握された作風」という特徴から、身近な存在である猫を通じて、当時の日常の一コマや、あるいは人間社会の縮図といったものを表現しようとした可能性が考えられます。

技法と素材

作品《猫》は、水彩/紙という技法と素材で描かれています。水彩は、池部鈞が得意とした表現手段の一つであり、彼の作品の多くで、日本の歴史や風俗、日常生活が水彩によって描かれています。水彩画特有の透明感や滲み、あるいは筆致の軽やかさは、猫という題材に柔らかな生命感と親しみやすさを与えています。紙に彩色を施すことで、繊細な毛並みや表情が表現され、猫の持つ独特の雰囲気を捉えています。作品の寸法は33.5×25.5cmで、比較的小ぶりなサイズであることも、画家の身近なスケッチや観察の表れと解釈できます。

作品の意味と評価

池部鈞は、一水会会員や日展評議員を務めるなど、洋画壇においても確固たる地位を築きました。彼の絵画は、その鋭い観察眼と対象を的確に捉える表現力が高く評価されています。1966年には芸術院恩賜賞を受賞し、翌年には勲四等旭日小綬章を受章しています。

《猫》という作品は、彼の漫画家としての経験で培われたユーモアや人間観察の視点が、絵画表現に生かされていることを示唆しています。猫は古くから人間に寄り添う存在であり、また時に自由奔放な象徴としても描かれてきました。本作品に描かれた猫がどのような情景の中にいるかは明確ではありませんが、池部鈞の視点を通して、単なる愛玩動物としてではなく、生命としての存在感や、あるいは人間の営みを傍観するような視線が込められているのかもしれません。本作品は現在、東京都現代美術館に池部良氏からの寄贈によって収蔵されています。