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こう座る図

椿貞雄

椿貞雄の作品「こう座る図」は、没後55年 藤田嗣治と猫展において、洋画家・椿貞雄が猫を主題に描いた一作として紹介されます。この作品は1940年(昭和15)に制作され、紙に墨で描かれたもので、藤沢市の招き猫亭コレクションに所蔵されています。

制作背景・経緯・意図

椿貞雄(1896-1957)は、山形県米沢市に生まれ、大正から昭和にかけて活躍した洋画家です。彼は岸田劉生(1891-1929)に師事し、その画風に強い影響を受けながら制作活動を行いました。岸田劉生と共に美術団体「草土社」の結成に参加し、初期はヨーロッパ古典絵画風の肖像画や静物画において、草や土に至るまで克明に描き出す「内なる美」の表現を目指す写実主義を追求しました。

劉生が東洋絵画にも関心を示すようになると、椿も追随し、油彩画に加えて日本画の制作も手掛けるようになります。東洋の伝統を踏まえつつ、油彩による写実を表現することは、椿にとって生涯の大きなテーマの一つとなりました。1940年という制作年は第二次世界大戦中であり、当時の日本美術界は戦時体制の影響を受けつつも、多様な表現が試みられていました。椿貞雄はこの頃、朝鮮や満州への旅行も行い、紀元二千六百年奉祝展の委員も務めています。

「こう座る図」が制作された具体的な意図に関する詳細な記録は見当たりませんが、椿貞雄は猫をモチーフにした作品を複数手掛けており、1933年には「猫・デッサン」、1944年には「猫図(黒猫図)」を制作していることが確認されています。このことから、「こう座る図」も猫の姿態への深い観察と愛情から生まれたものと推測されます。

技法と素材

この作品は「紙、墨」という素材と技法で制作されています。洋画家として出発した椿貞雄が、東洋絵画に関心を抱き、日本画制作も行うようになった時期の作品であり、墨絵の簡素な表現の中に、対象の本質を捉えようとする椿の写実への姿勢がうかがえます。油彩画で培った確かなデッサン力と観察眼が、墨という東洋的な画材によって表現されたものと考えられます。

意味合い

「こう座る図」というタイトルは、猫が「こう」座っている、という具体的な姿態を示唆しており、猫という身近な存在の何気ない一瞬を切り取った作品であると考えられます。作品が所蔵されている「招き猫亭コレクション」は、約40年にわたり猫をテーマにした国内外の美術作品を集めたもので、藤田嗣治や岸田劉生、椿貞雄といった著名な作家の猫をモチーフとした作品群で構成されています。このコレクションに含まれていることからも、「こう座る図」が猫の持つ愛らしさや神秘性、あるいは日常の一場面を写実的に捉えようとした作品であることが読み取れます。

椿貞雄は、晩年「愛情の画家」と評されるほど、家族、特に孫を温かい眼差しで描いた作品を多く残しており、その人間味あふれる作風は広く知られています。猫という身近な存在への視線も、彼の根底にある愛情深い人間性が反映されていると考えることができるでしょう。

評価と影響

「こう座る図」単体での具体的な評価や影響に関する文献は限定的ですが、椿貞雄が岸田劉生の門下として写実主義を追求し、後に東洋的な画材や表現にも目を向けた画家であるという文脈において、その画業の一端を示す作品として位置づけられます。招き猫亭コレクションに選定され、藤沢市に寄贈された優品の一つとして、猫を主題とした美術史において一定の価値を持つと評価されています。また、藤田嗣治との合同展という形で展示されることは、両者ともに猫というモチーフを愛し、それぞれの表現方法でその魅力を引き出した画家として、現代の鑑賞者に新たな視点を提供するものとなります。