オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

猫と毛糸

長谷川潾二郎

「没後55年 藤田嗣治と猫展」にて展示される、長谷川潾二郎の作品「猫と毛糸」についてご紹介します。

作品概要

長谷川潾二郎の「猫と毛糸」は、1930年(昭和5)に油彩でキャンバスに描かれた作品です。個人が所蔵しています。

制作背景と意図

長谷川潾二郎は、世間の流行や美術界の潮流とは一線を画し、静謐で孤高な制作活動を続けた画家です。彼の作品には、日常のありふれた風景や静物が、独特の視点と深い詩情をもって描かれています。本作「猫と毛糸」も、そのような彼の制作姿勢を象徴する一枚と言えるでしょう。彼は、身近な題材を深く見つめ、その中に潜む普遍的な美しさや静けさを表現しようとしました。彼の作品は、見る者に「まるで夢の中の出来事のような印象」を与えるとも評されています。

技法と素材

本作はキャンバスに油彩で描かれています。長谷川潾二郎の絵画制作は非常に時間を要することで知られています。彼は一般的な画家とは異なり、風景であれば木を一本ずつ、静物であれば机の上の瓶や果物といった個々のモチーフを一つずつ完成させてから、背景に取りかかるという独特の制作スタイルをとっていました。このきわめて丁寧で思索的な筆致は、作品全体に静かで澄み切った空気感をもたらしています。彼が描く一つ一つの要素は緻密に描写され、まるで時間の流れが止まったかのような、深い存在感を放ちます。

作品の持つ意味

「猫と毛糸」は、穏やかな日常の一コマを切り取ったかのような作品です。長谷川潾二郎の作品において猫は頻繁に登場するモチーフであり、しばしば画家自身の静かで内省的な世界観を体現しているかのようです。本作における猫は、毛糸玉という遊びの道具と共に描かれることで、安らぎと微かな物語性を感じさせます。日常的な題材でありながらも、画面全体に漂う静謐な雰囲気は、単なる写実を超えた詩的な空間を創り出しています。彼の作品は、ありふれたものが持つ、はっとするほどの美や、日々の営みが特別であり奇跡であるというメッセージを、見る者に静かに伝えています。また、描かれたモチーフに「不思議な浮遊感」を感じさせることもあり、これが作品の持つ独特な魅力を形成しています。

評価と影響

長谷川潾二郎は寡作な画家であり、その作品数は多くありませんが、美術愛好家からは高く評価されてきました。特に美術エッセイストの洲之内徹は、彼の作品を熱心に収集し、「買えなければ盗んでも自分のものにしたい絵」とまで評したことで知られています。彼の絵は「古びない美しさ」を持つとされ、現代においても書籍の装丁に用いられるなど、その静謐で丁寧な筆致は多くの人々に愛されています。彼の代表作である「猫」(1966年)は「世界一幸せな猫」と称されるほど広く親しまれており、「猫と毛糸」もまた、彼の猫を描く作品群の一つとして、その独特な世界観と穏やかな魅力を伝える重要な作品です。