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黒猫

熊谷守一

没後55年 藤田嗣治と猫展に出品されている熊谷守一の作品「黒猫」は、1960年代から1970年代頃に制作された、和紙に水墨で描かれた一点です。この作品は岐阜県美術館に所蔵されており、今回の展示では前期に公開されます。

制作背景・経緯・意図

画家・熊谷守一(1880-1977)は、97歳でその生涯を閉じるまで制作活動を続けた長命の画家として知られています。特に晩年、76歳で脳卒中を経験してからは、自宅の敷地からほとんど外出することなく、庭にやってくる身近な生き物たちや植物、昆虫などを観察し、独自の視点で描き続けました。猫は、自由で気ままな性質を愛した熊谷にとって、特に親しいモチーフであり、晩年の作品群に数多く描かれています。本作「黒猫」もまた、こうした晩年の時期に、日々の生活の中で出会う猫の姿を深く見つめ、その本質を捉えようとする熊谷の眼差しから生み出されました。

技法や素材

作品は和紙に水墨で描かれており、熊谷守一が晩年に確立した「モリカズ様式」と呼ばれる独自の画風を特徴づけています。この様式は、明るい色調、赤い輪郭線、そして単純で素朴な平塗りを基本としますが、水墨画においても、簡潔な線と面によって対象の生命感や存在感が表現されています。本作の「黒猫」は、可愛らしさの中に野良猫が持つ野性味を醸し出していると評され、その単純化されたフォルムの中に生き生きとした表情が息づいています。

意味

熊谷守一の猫の絵には、画家自身の自然や生命に対する深い愛情と洞察が込められています。彼は「わたしは生きていることが好きだから、ほかの生き物もみんな好きです」と語ったように、庭の小さな命にも等しく価値を見出し、観察を通してそれらの本質を捉えようとしました。本作「黒猫」も、単なる猫の姿を描写するだけでなく、猫が持つ自由な精神や、ひっそりと生きる生命の尊厳といった、普遍的なテーマを象徴していると考えられます。彼の作品は、一見すると素朴で単純に見えますが、70年以上にわたる制作活動の中で磨き抜かれた色と線描の工夫が凝らされており、描かれた生き物たちが生き生きと見えるのはそのためです。

評価や影響

熊谷守一は、その独特な画風と、文化勲章や勲三等叙勲の内示を「これ以上人が来てくれては困る」「お国のために何もしたこと無いから」と辞退した脱俗した生き方から、「画壇の仙人」と呼ばれました。彼の作品、特に猫を描いたものは根強い人気を誇り、猫だけで構成された画文集が出版されるほどです。晩年になって世に広く知られ、画家として成功を収めた熊谷守一の作品は、現在も美術品市場で高い価値と評価が与えられています。その人生と作品は、現在に至るまで多くの人々を魅了し、映画化されるなど多大な影響を与え続けています。