藤田嗣治
本記事では、「没後55年 藤田嗣治と猫展」で紹介される、藤田嗣治が1955年(昭和30年)に制作した油彩作品「二匹の猫を抱く少女」について解説します。厚紙に油彩で描かれたこの個人蔵の作品は、藤田嗣治の晩年の画業における重要な位置づけとともに、彼の代名詞ともいえるモチーフへの深い愛情が込められています。
制作の背景と経緯、画家の意図 「二匹の猫を抱く少女」が制作された1955年は、藤田嗣治が日本国籍を放棄し、フランス国籍を取得した年です。これは、第二次世界大戦中の戦争画制作を巡る責任論争から日本画壇を去り、失意の中で再びフランスへと渡った彼が、芸術家としての自由を追求し、新たな創作の道を歩み始めた時期にあたります。この頃の作品は、日本の慣習に縛られない自由な精神が反映され、高い評価を受けています。彼は1957年にはフランス政府からレジオンドヌール勲章を受章し、1959年にはカトリックの洗礼を受け、宗教画にも多く取り組むようになりました。
藤田は生涯にわたって猫を愛し、「猫の画家」と称されるほど多くの猫の絵を描きました。彼にとって猫は単なるモデルではなく、友人であり家族のような存在でした。彼は猫たちを細やかに観察し、その気まぐれで野性的な一面や、時に甘えるような愛らしい姿を作品に落とし込みました。また、「猫を抱く少女」というモチーフは、藤田が生涯にわたって繰り返し描いた主題の一つであり、古風な衣装をまとった想像上の少女を描くことで、彼の内面的な世界観が表現されています。この時期の「猫を抱く少女」の作品には、後に彼が傾倒する聖母子像にも通じる、聖なるものへの眼差しが感じられることもあります。
技法と素材 本作は「厚紙、油彩」という素材で描かれています。藤田嗣治の作品における最大の特長は、陶器のような光沢と温かみを持つ独自の「乳白色の肌」の表現です。この秘密の絵具は、彼が苦心の末に独自に配合したもので、そのレシピは生前一切明かされませんでした。
また、彼は油彩画に日本の伝統的な絵画技法である繊細な線描を取り入れました。これは、平滑な下地の上に薄く絵具を塗り重ねることで実現され、特に猫のしなやかな体の曲線や毛並みを表現するのに非常に適していました。このような独自の技法は、西洋画壇から「グラン・フォン・ブラン(素晴らしき乳白色)」と絶賛され、エコール・ド・パリを代表する画家としての地位を確立しました。
作品が持つ意味と与えた評価・影響 「二匹の猫を抱く少女」は、画家が困難な状況を乗り越え、自己の芸術を追求し始めた時期の作品として、その制作背景を色濃く反映しています。作品に描かれた少女と猫は、藤田の精神的な安寧や、彼が理想とした世界を象徴しているとも解釈できます。
藤田嗣治の猫の絵は、その生き生きとした描写と、見る者の心に訴えかける魅力により、現在も美術市場で揺るぎない人気を誇っています。彼の確立した「乳白色の肌」と東洋的な線描を融合させた独自様式は、当時のパリ画壇に強い衝撃を与え、多くの芸術家や批評家から高く評価されました。特に1955年頃の、フランス国籍取得後の自由な創作期に描かれた作品は、その芸術的価値と、画家が自らの信念を貫いた証として、今日でも非常に高く評価されています。