藤田嗣治
本記事では、「没後55年 藤田嗣治と猫展」で紹介される、藤田嗣治の油彩画「猫の教室」について、その背景、技法、意味、そして評価と影響を詳細に解説します。
「猫の教室」は、1949年(昭和24年)に制作された油彩画です。この作品は、藤田嗣治が第二次世界大戦後の日本画壇における戦争責任追及の動きから日本を離れ、約1年間滞在したニューヨークで描かれました。ニューヨークでの10ヶ月間は、彼にとって制作意欲が高まる刺激的な時期であったとされています。
作品に描かれているのは、擬人化された猫の先生と生徒たちによる賑やかな教室の情景です。猫たちはそれぞれに個性をまとい、表情豊かに、自由気ままに振る舞う子どもたちのように描かれています。藤田が擬人化された動物を描き始めるのは1947年以降のことであり、彼にとって猫は単なる画題にとどまらず、友人であり、描く対象として生涯にわたり深く寄り添った存在でした。おかっぱ頭や丸眼鏡とともに、猫は藤田嗣治を象徴するアイコン的なモチーフとなっていきます。この作品は、彼の猫への深い愛情と、卓越したデッサン力、そして観察眼によって、猫の柔らかさや茶目っ気のある姿勢、温かさまでもが表現されています。
「猫の教室」は、キャンバスに油彩で描かれています。藤田嗣治の作品を特徴づける最も重要な技法の一つに、「乳白色の肌」と呼ばれる独特の地塗りがあります。これは、1921年頃に確立され、パリ画壇で「素晴らしき乳白色」と絶賛され、彼を一躍有名にした画法です。
この乳白色は、陶磁器のような透明感を持ちながらも温かみのある、滑らかな半光沢の画面を生み出します。その具体的な技法は長年秘匿されていましたが、近年の研究により、下地には硫酸バリウムが用いられ、その上に炭酸カルシウムと鉛白を1対3の割合で混ぜた絵具が塗られていたことが判明しています。さらに、画面の表層からはタルク(ベビーパウダー)が検出されており、このタルクの働きによって得られる滑らかな絵肌が、面相筆(日本画用の細筆)を用いた繊細な墨の輪郭線を滲むことなく長く引くことを可能にしました。これは、油彩という西洋の画材と、日本画の伝統的な線描を融合させた、藤田独自の画法であり、東西の美術が融合した表現として評価されています。また、乳白色の輝きを最大限に活かすため、使用する色数を抑える傾向も彼の特徴です。
「猫の教室」における擬人化された猫たちは、個々の生命の輝きや、童心に帰ったかのような無邪気さを象徴していると考えられます。藤田にとって猫は、公私にわたる長年の友であり、家族同然の存在でした。作品に登場する猫たちの類型化が見られるようになるのは1950年代以降のことで、彼が描く少女たちが「想像上の子ども」であったように、猫たちもまた、藤田の心象風景の中に生きる存在として描かれていました。
激動の時代を経て、ニューヨークという新たな地で制作されたこの作品は、藤田の精神的な安息や、普遍的な生命へのまなざし、あるいは自身の内面世界を投影したものとも解釈できます。猫たちが織りなす生き生きとした情景は、鑑賞者に対し、温かさとユーモア、そして純粋な喜びを感じさせます。
「猫の教室」は、藤田嗣治の猫を描いた作品の中でも、特に愛らしい猫たちが描かれた傑作として評価されています。軽井沢安東美術館で2023年に開催された企画展「藤田嗣治 猫と少女の部屋」において初めて一般公開され、来場者の注目を集めました。
また、2025年3月6日から9月28日まで軽井沢安東美術館で開催される「没後55年 藤田嗣治と猫展」、そして2025年9月20日から12月7日まで府中市美術館で開催される「フジタからはじまる猫の絵画史 藤田嗣治と洋画家たちの猫」においても主要な作品として展示される予定です。これらの展覧会は、藤田嗣治が日本における洋画において「猫」というモチーフを魅力的なテーマへと押し上げた、その影響力の大きさを物語るものです。彼の描く猫の絵は、藤田ファンだけでなく、広く猫を愛する人々からも不動の人気を得ており、その芸術的価値と相まって、今後も高く評価され続けることでしょう。