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藤田嗣治

本記事では、「没後55年 藤田嗣治と猫展」で紹介される藤田嗣治の作品《猫》(1948年)について、その背景、技法、意味、そして評価と影響を詳細に解説します。


作品紹介:藤田嗣治《猫》(1948年)

制作背景・意図

藤田嗣治は生涯にわたり猫を深く愛し、彼にとって猫は単なるペットではなく、自身の芸術的アイデンティティを象徴する重要なモチーフでした。1913年にパリへ渡り、そこで足元にまとわりついてきた猫を拾い上げたことをきっかけに、猫は藤田の生活と芸術に欠かせない存在となっていきます。自画像や裸婦像の傍らに描かれる猫たちは、おかっぱ頭や丸眼鏡と並び、藤田嗣治のトレードマークとして国際的な名声を確立する一助となりました。1948年(昭和23年)に制作されたこの《猫》も、藤田が戦後の日本に一時帰国していた時期の作品であり、彼の作品における猫が持つ普遍的な魅力と、画家自身の内面世界が反映されていると考えられます。猫は藤田にとって友であり、時に謎めいた存在として、また時には人間の感情を映し出す鏡として描かれました。

技法と素材

この作品はキャンバスに油彩で描かれています。藤田嗣治の作品を特徴づける最も重要な技法の一つが、彼が独自に開発し「乳白色の肌」と称された下地表現です。この技法は、硫酸バリウムを下地に用い、その上に炭酸カルシウムと鉛白を1対3の割合で混ぜた絵具を塗布し、さらにタルク(ベビーパウダーの主成分)を用いて表面の油分を取り除くことで、陶磁器のような滑らかさと半光沢を持つ、独特の質感を生み出しました。 この乳白色の下地は、油性の画面に水性の墨汁で繊細な輪郭線を描くことを可能にし、日本画の面相筆を用いた細くしなやかな線描は、猫の柔らかい毛並みやしなやかな身体の線を効果的に表現するために用いられました。 この東洋と西洋の技法を融合させた独自のスタイルが、藤田の猫の描写に比類のない生命感と存在感を与えています。

作品が持つ意味

藤田嗣治にとって猫は、単なる愛玩動物ではなく、彼の人生や芸術における深い意味を内包していました。猫の姿を通じて、藤田は自身の内面や、人間存在の多面性を表現しようとしたと解釈できます。彼の描く猫たちは、愛らしくも神秘的で、時に威厳に満ちた表情を見せ、見る者に多様な感情を喚起させます。この《猫》もまた、特定の物語を語るのではなく、猫そのものの存在感と、そこから滲み出る藤田の温かい眼差し、そして彼の独特の美意識が凝縮された作品と言えるでしょう。猫というモチーフは、藤田の芸術において、異文化を股にかけて生きた画家の孤独や、普遍的な生命への共感を象徴する役割も果たしていました。

評価と影響

藤田嗣治の猫の作品は、「乳白色の裸婦」と並び、彼の代名詞として世界中で高い評価を受けています。 その独創的な技法と普遍的な魅力により、彼の作品は生前から大きな人気を博し、国際的なアートシーンでの地位を不動のものとしました。特に猫の絵は、その愛らしさと洗練された表現から、現在も変わらぬ人気を誇り、美術市場においても高い価値がつけられています。 藤田の描く猫は、後世の多くの画家たちにも影響を与え、日本の近代洋画における「猫の絵」の歴史を大きく切り開いた存在です。 今回開催される「没後55年 藤田嗣治と猫展」は、彼の猫をモチーフとした作品群が持つ不朽の魅力を再認識し、その芸術的功績と影響を改めて考察する貴重な機会となるでしょう。