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猫を抱く少女

藤田嗣治

藤田嗣治「猫を抱く少女」(1939年)について

藤田嗣治が1939年(昭和14年)に制作した「猫を抱く少女」は、紙に墨と彩色で描かれた作品であり、現在は下関市立美術館に所蔵されています。この作品は、日本画の技法を油彩画に取り入れ、東西融合の独自の画風を確立した藤田の、猫と子どもへの深い愛情を示すものです。

背景・経緯・意図

藤田嗣治は、第一次世界大戦前からフランスのパリで活動し、猫と女性を好んで描いた画家として知られています。彼にとって猫は単なる画題にとどまらず、友人であり、時には自身のアイデンティティを象徴する存在でした。パリで生活していた1920年頃から猫を飼い始め、その愛らしい姿を日々観察し、作品の中に登場させています。猫は、おかっぱ頭や丸眼鏡といった藤田自身のトレードマークと並び、彼を象徴するモチーフとなりました。

1933年以降、藤田は日本に活動拠点を移しており、本作品が制作された1939年は、彼が日本でアトリエを構え制作に励んでいた時期にあたります。 この頃は、後に彼が深く関わることになる「戦争画」の時代に差し掛かる直前であり、平和な日常や普遍的な愛情といったテーマが描かれた時期と捉えることができます。猫を抱く少女の姿には、幼い命への慈しみや、穏やかな幸福感、そして藤田の作品にしばしば見られる静謐な威厳が込められていると考えられます。

技法・素材

本作品は「紙、墨、彩色」で制作されています。 藤田の代名詞ともいえる「乳白色の肌」は油彩画において確立された技法ですが、その根底には日本画の技術、特に面相筆を用いた繊細な線描があります。 紙に直接描かれたこの作品では、その墨による細くしなやかな輪郭線が、少女や猫の姿を際立たせています。彼は、油性の下地に水性の墨をにじませることなく描くために、タルク(ベビーパウダー)などを混ぜた独自の画材を下地に用いることで、滑らかで半光沢のある画面を作り出しました。 この技法は、繊細な陰影表現を可能にし、対象に柔らかな質感を与えています。彩色については、詳細な記述はありませんが、墨の線と紙の白さを活かしつつ、ごく淡い色彩が添えられたものと推測されます。

意味

「猫を抱く少女」というモチーフは、藤田が生涯にわたり繰り返し描いたテーマの一つです。 画面の中の少女が猫を抱き、見つめる仕草は、純粋な愛情や庇護の感情を想起させます。猫の表現は、その毛並みから、気まぐれな性格、そしてどこか神秘的な眼差しまで、藤田が長年観察し、愛情を注いできた対象としてのリアリティと象徴性を兼ね備えています。 混沌とした時代を背景に制作されたこの作品は、見る者に安らぎを与え、生命の尊さや人間と動物の間の温かい絆を静かに語りかけています。

評価・影響

藤田嗣治は、日本と西洋の絵画様式を融合させた独自のスタイルで、エコール・ド・パリの代表的画家として世界的な名声を得ました。 「猫を抱く少女」に見られるような、彼が繰り返し描いた猫や子どものモチーフは、その優れた描写力と普遍的なテーマ性により、多くの人々に愛され、高い評価を受けています。 本作品が下関市立美術館のコレクションとして収蔵されていることは、その芸術的価値と、藤田嗣治の画業における重要性を示すものです。藤田の猫の絵は、日本における近代洋画における猫の表現の歴史を拓き、後続の画家たちにも影響を与えたとされています。